2003 08/18 15:15
Category : 日記
今朝は少し寝過ごし、6時・看護士さんの、ノック音で目覚めました。
週一回の血液検査日で3本分採られました。今朝は少し眠り足りない感じです。
自分では難なくこなせたようで、やはり昨日の礼拝出席は疲れたのでしょう。
久しぶりの礼拝といっても一週休んだだけなのですが、教会の方々は皆驚かれ”もう退院?”・・・・・「いえいえ、まだです。外出許可で。」この応答の繰り返しでした。
さて、昨日の礼拝説教はA神学生が奨励をされました。
「信仰の大盾」第�U歴代誌20章12〜26節
20:12 私たちの神よ。あなたは彼らをさばいてくださらないのですか。
私たちに立ち向かって来たこのおびただしい大軍に当たる力は、私たちにはありません。
私たちとしては、どうすればよいかわかりません。
ただ、あなたに私たちの目を注ぐのみです。
20:13 ユダの人々は全員主の前に立っていた。
彼らの幼子たち、妻たち、子どもたちも共にいた。
20:14 ときに、主の霊が集団の中で、アサフ族の出のレビ人ヤハジエルの上に臨んだ。
彼はマタヌヤの子エイエルの子ベナヤの子ゼカリヤの子である。
20:15 彼は言った。
「ユダのすべての人々とエルサレムの住民およびヨシャパテ王よ。よく聞きなさい。
主はあなたがたにこう仰せられます。
『あなたがたはこのおびただしい大軍のゆえに恐れてはならない。気落ちしてはならない。
この戦いはあなたがたの戦いではなく、神の戦いであるから。
20:16 あす、彼らのところに攻め下れ。見よ。彼らはツィツの上り道から上って来る。
あなたがたはエルエルの荒野の前の谷のはずれで、彼らに会う。
20:17 この戦いではあなたがたが戦うのではない。しっかり立って動かずにいよ。
あなたがたとともにいる主の救いを見よ。ユダおよびエルサレムよ。
恐れてはならない。気落ちしてはならない。あす、彼らに向かって出陣せよ。
主はあなたがたとともにいる。』」
20:18 それで、ヨシャパテは地にひれ伏した。
ユダのすべての人々とエルサレムの住民も主の前にひれ伏して主を礼拝し、
20:19 ケハテ族、コラ族のレビ人たちが立ち上がり、大声を張り上げてイスラエルの神、
主を賛美した。
20:20 こうして、彼らは翌朝早く、テコアの荒野へ出陣した。
出陣のとき、ヨシャパテは立ち上がって言った。
「ユダおよびエルサレムの住民よ。私の言うことを聞きなさい。
あなたがたの神、主を信じ、忠誠を示しなさい。その預言者を信じ、勝利を得なさい。」
20:21 それから、彼は民と相談し、主に向かって歌う者たち、聖なる飾り物を着けて賛美する者たちを任命した。
彼らが武装した者の前に出て行って、こう歌うためであった。
「主に感謝せよ。その恵みはとこしえまで。」
20:22 彼らが喜びの声、賛美の声をあげ始めたとき、主は伏兵を設けて、ユダに攻めて来たアモン人、モアブ人、セイル山の人々を襲わせたので、彼らは打ち負かされた。
20:23 アモン人とモアブ人はセイル山の住民に立ち向かい、これを聖絶し、根絶やしにしたが、セイルの住民を全滅させると、互いに力を出して滅ぼし合った。
20:24 ユダが荒野に面した物見の塔に上ってその大軍のほうを見渡すと、
なんと、死体が野にころがっている。のがれた者はひとりもない。
20:25 ヨシャパテとその民が分捕りをしに行くと、その所に、武具、死体、高価な器具を数多く見つけたので、これを負いきれないほど、はぎ取って、自分のものとした。
あまりにも多かったので、彼らはその分捕りに三日かかった。
20:26 四日目に、彼らはベラカの谷に集まり、その所で主をほめたたえた。
それゆえ、人々はその所の名をベラカの谷と呼んだ。今日もそうである。
今から約2800年前、ヨシャパテ王の時代の出来事。
■ヨシャパテ王・ユダ及びエルサレム住民は、何をするのでしょうか?
・主の霊がハジエルに臨んで言った。
●しっかり立って動かずにいるように。
●聖なる飾り物を着けて、前列に出て行き 主を賛美するように。
■神は何を言おうとしているのでしょうか?
賛美の声が 神の力に拠る 信仰の大盾となったのです。
「ですから、邪悪な日に際して対抗できるように、また、いっさいを成し遂げて、
堅く立つことができるように、神のすべての武具をとりなさい。
では、しっかりと立ちなさい。腰には真理の帯を締め、胸には正義の胸当てを着け、
足には平和の福音の備えをはきなさい。
これらすべてのものの上に、信仰の大盾を取りなさい。
それによって、悪い者が放つ火矢を、みな消すことができます。」エペソ書6:13〜16に記されてあります。
1.
礼拝のときに大声を張り上げて、神さまを賛美します。
2.
苦しいとき、どうしてよいか分からないとき私達はヨシャパテ王のような信仰を持っているでしょうか?
神さまにすがるように祈ります。
・・・・・・・・・・・・・すでに聴かれているのです。
私達は心から賛美をお捧げしているでしょうか?
嬉しい時、喜びのときは 賛美を捧げる事が容易です、しかし苦しみの時、気落ちしている時は 難しいものです。
・・・・・・・・・・・・・賛美する者でありたいと思います。
また、聖書には条件が記されてあります。
・主に向かって賛美をするとき、聖なる飾り物をつけてとあります。
・・・・・・・・・清められた者・・・・・・・
イエス・キリストを信じることによってのみ清められるのです。
3.
私達は勝利した後の賛美を忘れていないでしょうか?
「 わがたましいよ。主をほめたたえよ。主の良くしてくださったことを何一つ忘れるな。」
詩篇103篇2節
心から主を賛美いたしましょう。
週一回の血液検査日で3本分採られました。今朝は少し眠り足りない感じです。
自分では難なくこなせたようで、やはり昨日の礼拝出席は疲れたのでしょう。
久しぶりの礼拝といっても一週休んだだけなのですが、教会の方々は皆驚かれ”もう退院?”・・・・・「いえいえ、まだです。外出許可で。」この応答の繰り返しでした。
さて、昨日の礼拝説教はA神学生が奨励をされました。
「信仰の大盾」第�U歴代誌20章12〜26節
20:12 私たちの神よ。あなたは彼らをさばいてくださらないのですか。
私たちに立ち向かって来たこのおびただしい大軍に当たる力は、私たちにはありません。
私たちとしては、どうすればよいかわかりません。
ただ、あなたに私たちの目を注ぐのみです。
20:13 ユダの人々は全員主の前に立っていた。
彼らの幼子たち、妻たち、子どもたちも共にいた。
20:14 ときに、主の霊が集団の中で、アサフ族の出のレビ人ヤハジエルの上に臨んだ。
彼はマタヌヤの子エイエルの子ベナヤの子ゼカリヤの子である。
20:15 彼は言った。
「ユダのすべての人々とエルサレムの住民およびヨシャパテ王よ。よく聞きなさい。
主はあなたがたにこう仰せられます。
『あなたがたはこのおびただしい大軍のゆえに恐れてはならない。気落ちしてはならない。
この戦いはあなたがたの戦いではなく、神の戦いであるから。
20:16 あす、彼らのところに攻め下れ。見よ。彼らはツィツの上り道から上って来る。
あなたがたはエルエルの荒野の前の谷のはずれで、彼らに会う。
20:17 この戦いではあなたがたが戦うのではない。しっかり立って動かずにいよ。
あなたがたとともにいる主の救いを見よ。ユダおよびエルサレムよ。
恐れてはならない。気落ちしてはならない。あす、彼らに向かって出陣せよ。
主はあなたがたとともにいる。』」
20:18 それで、ヨシャパテは地にひれ伏した。
ユダのすべての人々とエルサレムの住民も主の前にひれ伏して主を礼拝し、
20:19 ケハテ族、コラ族のレビ人たちが立ち上がり、大声を張り上げてイスラエルの神、
主を賛美した。
20:20 こうして、彼らは翌朝早く、テコアの荒野へ出陣した。
出陣のとき、ヨシャパテは立ち上がって言った。
「ユダおよびエルサレムの住民よ。私の言うことを聞きなさい。
あなたがたの神、主を信じ、忠誠を示しなさい。その預言者を信じ、勝利を得なさい。」
20:21 それから、彼は民と相談し、主に向かって歌う者たち、聖なる飾り物を着けて賛美する者たちを任命した。
彼らが武装した者の前に出て行って、こう歌うためであった。
「主に感謝せよ。その恵みはとこしえまで。」
20:22 彼らが喜びの声、賛美の声をあげ始めたとき、主は伏兵を設けて、ユダに攻めて来たアモン人、モアブ人、セイル山の人々を襲わせたので、彼らは打ち負かされた。
20:23 アモン人とモアブ人はセイル山の住民に立ち向かい、これを聖絶し、根絶やしにしたが、セイルの住民を全滅させると、互いに力を出して滅ぼし合った。
20:24 ユダが荒野に面した物見の塔に上ってその大軍のほうを見渡すと、
なんと、死体が野にころがっている。のがれた者はひとりもない。
20:25 ヨシャパテとその民が分捕りをしに行くと、その所に、武具、死体、高価な器具を数多く見つけたので、これを負いきれないほど、はぎ取って、自分のものとした。
あまりにも多かったので、彼らはその分捕りに三日かかった。
20:26 四日目に、彼らはベラカの谷に集まり、その所で主をほめたたえた。
それゆえ、人々はその所の名をベラカの谷と呼んだ。今日もそうである。
今から約2800年前、ヨシャパテ王の時代の出来事。
■ヨシャパテ王・ユダ及びエルサレム住民は、何をするのでしょうか?
・主の霊がハジエルに臨んで言った。
●しっかり立って動かずにいるように。
●聖なる飾り物を着けて、前列に出て行き 主を賛美するように。
■神は何を言おうとしているのでしょうか?
賛美の声が 神の力に拠る 信仰の大盾となったのです。
「ですから、邪悪な日に際して対抗できるように、また、いっさいを成し遂げて、
堅く立つことができるように、神のすべての武具をとりなさい。
では、しっかりと立ちなさい。腰には真理の帯を締め、胸には正義の胸当てを着け、
足には平和の福音の備えをはきなさい。
これらすべてのものの上に、信仰の大盾を取りなさい。
それによって、悪い者が放つ火矢を、みな消すことができます。」エペソ書6:13〜16に記されてあります。
1.
礼拝のときに大声を張り上げて、神さまを賛美します。
2.
苦しいとき、どうしてよいか分からないとき私達はヨシャパテ王のような信仰を持っているでしょうか?
神さまにすがるように祈ります。
・・・・・・・・・・・・・すでに聴かれているのです。
私達は心から賛美をお捧げしているでしょうか?
嬉しい時、喜びのときは 賛美を捧げる事が容易です、しかし苦しみの時、気落ちしている時は 難しいものです。
・・・・・・・・・・・・・賛美する者でありたいと思います。
また、聖書には条件が記されてあります。
・主に向かって賛美をするとき、聖なる飾り物をつけてとあります。
・・・・・・・・・清められた者・・・・・・・
イエス・キリストを信じることによってのみ清められるのです。
3.
私達は勝利した後の賛美を忘れていないでしょうか?
「 わがたましいよ。主をほめたたえよ。主の良くしてくださったことを何一つ忘れるな。」
詩篇103篇2節
心から主を賛美いたしましょう。