2004 06/18 06:14
Category : 日記
神は愛です。
神が愛ならどうしてこの世には悲惨な出来事が起こるのでしょう。
何故、人と人とが殺しあう戦争が起こるのでしょう。
”キリスト教なんて信じられない”と否定する人達が、愛を説いているのに何故戦争をするの?
という疑問を抱くのは当然のことだと思います。
歴史を見ても 今日の世界情勢をみても キリスト教国とされている国々が、侵略や殺戮によって現在に至っていることは事実であるし、キリスト教の名の下に行われた歴史的不条理の数々を・・・知っています。
しかし私が信じているのはイエス・キリストであり、キリスト教を信じているのではないのです。
イエス・キリストを個人的な救い主として信じることと、キリスト教徒になることはイコールではありません。このことは 本質的に異なる全く別のことだと思います。
「ただ、自分の敵を愛しなさい。」ルカ 6:35
「悪い者に手向かってはいけません。
あなたの右の頬を打つような者には、左の頬も向けなさい。」マタイ 5:39
「自分の敵を愛し、迫害する者のために祈りなさい。」マタイ 5:44
とイエスさまは教えられました。
上記はイエスさまの教えのほんの一部に過ぎませんが、聖書に記されているこの言葉を見ただけでも、歴史の中で私たちが見聞きしていること、現在のイラク情勢の中にみるキリスト教というものは 主の御思いとなんとかけ離れたものであるかということです。
『あなたの敵を愛しなさい』・・・ということばを心に刻み、これが主が私達に望んでおられることだと信じている人々が どうして罪のない人々の血を流すことができるでしょうか。
熱心なキリスト教徒といわれるブッシュ大統領はどうなのでしょう。
聖書に記されてある初代教会の人達が握っていたものと同じ信仰を継承しているはずの彼は、アフガニスタンへの報復攻撃を決定し、イラク戦争へと突き進んでいきました。
今私たちが目撃している「歴史的不条理」は初めの姿からは 遠くかけ離れ 大切なエッセンスを失ってしまった形骸化したキリスト教の姿なのかもしれません。
ある方の日記を読んで、BBSに書き込むには少し躊躇いがあり、ここに感じたことを記してみました。
”神を信じていると言いながら国家命令とあらば十字を切りながら、戦場で人殺しも平気でする、そんな信仰があるものか・・・と言いたかったのでしょう。”
日記にはキリスト教徒というより、モルモン教徒の布教活動と彼らの信じる神についての記述だったと思いますが。
モルモン教はキリスト教の亜流というより、異端の宗教(カルト)といえます。
モルモン教もエホバの証人も19世紀、リバイバル集会が盛んだったアメリカ東部でキリスト教に接したことのある人々によって設立され、広がりました。
彼らにとっては イエス・キリストは救い主ではありませんし、十字架の贖いも信じていません。
彼らは 独自訳の聖書+モルモン教典を信じています。当然 モルモン教会には十字架はありません。キリスト教とは一線を画します。
何故 人は争い、戦争をするのか・・・・それは人の中にある”自己中心性 ”聖書で言う罪ですが、これが世界の混乱の元なのだと思います。
争いは人の内にある欲望そのものなのです。原罪として全ての人間が生まれながらに持っているものなのです。聖書はこの心の方向性こそが争いの元だと宣言します。
『何が原因で、あなたがたの間に戦いや争いがあるのでしょう。
あなたがたのからだの中で戦う欲望が原因ではありませんか。
あなたがたは、ほしがっても自分のものにならないと、人殺しをするのです。
うらやんでも手に入れることができないと、争ったり、戦ったりするのです。』
ヤコブ4:1・2
無神論者が「神が愛なら なぜ?」と疑問を投げかけたからといって
神が愛でなくなるということではありません。
神は愛だからです。
『私たちは、私たちに対する神の愛を知り、また信じています。
神は愛です。愛のうちにいる者は神のうちにおり、神もその人のうちにおられます。』
第�Tヨハネ4:16
神が愛ならどうしてこの世には悲惨な出来事が起こるのでしょう。
何故、人と人とが殺しあう戦争が起こるのでしょう。
”キリスト教なんて信じられない”と否定する人達が、愛を説いているのに何故戦争をするの?
という疑問を抱くのは当然のことだと思います。
歴史を見ても 今日の世界情勢をみても キリスト教国とされている国々が、侵略や殺戮によって現在に至っていることは事実であるし、キリスト教の名の下に行われた歴史的不条理の数々を・・・知っています。
しかし私が信じているのはイエス・キリストであり、キリスト教を信じているのではないのです。
イエス・キリストを個人的な救い主として信じることと、キリスト教徒になることはイコールではありません。このことは 本質的に異なる全く別のことだと思います。
「ただ、自分の敵を愛しなさい。」ルカ 6:35
「悪い者に手向かってはいけません。
あなたの右の頬を打つような者には、左の頬も向けなさい。」マタイ 5:39
「自分の敵を愛し、迫害する者のために祈りなさい。」マタイ 5:44
とイエスさまは教えられました。
上記はイエスさまの教えのほんの一部に過ぎませんが、聖書に記されているこの言葉を見ただけでも、歴史の中で私たちが見聞きしていること、現在のイラク情勢の中にみるキリスト教というものは 主の御思いとなんとかけ離れたものであるかということです。
『あなたの敵を愛しなさい』・・・ということばを心に刻み、これが主が私達に望んでおられることだと信じている人々が どうして罪のない人々の血を流すことができるでしょうか。
熱心なキリスト教徒といわれるブッシュ大統領はどうなのでしょう。
聖書に記されてある初代教会の人達が握っていたものと同じ信仰を継承しているはずの彼は、アフガニスタンへの報復攻撃を決定し、イラク戦争へと突き進んでいきました。
今私たちが目撃している「歴史的不条理」は初めの姿からは 遠くかけ離れ 大切なエッセンスを失ってしまった形骸化したキリスト教の姿なのかもしれません。
ある方の日記を読んで、BBSに書き込むには少し躊躇いがあり、ここに感じたことを記してみました。
”神を信じていると言いながら国家命令とあらば十字を切りながら、戦場で人殺しも平気でする、そんな信仰があるものか・・・と言いたかったのでしょう。”
日記にはキリスト教徒というより、モルモン教徒の布教活動と彼らの信じる神についての記述だったと思いますが。
モルモン教はキリスト教の亜流というより、異端の宗教(カルト)といえます。
モルモン教もエホバの証人も19世紀、リバイバル集会が盛んだったアメリカ東部でキリスト教に接したことのある人々によって設立され、広がりました。
彼らにとっては イエス・キリストは救い主ではありませんし、十字架の贖いも信じていません。
彼らは 独自訳の聖書+モルモン教典を信じています。当然 モルモン教会には十字架はありません。キリスト教とは一線を画します。
何故 人は争い、戦争をするのか・・・・それは人の中にある”自己中心性 ”聖書で言う罪ですが、これが世界の混乱の元なのだと思います。
争いは人の内にある欲望そのものなのです。原罪として全ての人間が生まれながらに持っているものなのです。聖書はこの心の方向性こそが争いの元だと宣言します。
『何が原因で、あなたがたの間に戦いや争いがあるのでしょう。
あなたがたのからだの中で戦う欲望が原因ではありませんか。
あなたがたは、ほしがっても自分のものにならないと、人殺しをするのです。
うらやんでも手に入れることができないと、争ったり、戦ったりするのです。』
ヤコブ4:1・2
無神論者が「神が愛なら なぜ?」と疑問を投げかけたからといって
神が愛でなくなるということではありません。
神は愛だからです。
『私たちは、私たちに対する神の愛を知り、また信じています。
神は愛です。愛のうちにいる者は神のうちにおり、神もその人のうちにおられます。』
第�Tヨハネ4:16