1月25日(日)晴れ
すっかり、怠け癖がついてしまって、更新をサボってました。さて、久しぶりに更新しましょう。
バイブルクラスの学びはヤコブ書5章13〜16

『 あなたがたのうちに苦しんでいる人がいますか。その人は祈りなさい。
喜んでいる人がいますか。その人は賛美しなさい。
あなたがたのうちに病気の人がいますか。
その人は教会の長老たちを招き、主の御名によって、オリーブ油を塗って祈ってもらいなさい。
信仰による祈りは、病む人を回復させます。主はその人を立たせてくださいます。
また、もしその人が罪を犯していたなら、その罪は赦されます。
ですから、あなたがたは、互いに罪を言い表わし、互いのために祈りなさい。
いやされるためです。義人の祈りは働くと、大きな力があります。』

義人の祈り
私たちは問題が起こった時、どのようにするでしょうか。
心配し、後悔し、恨みつらみをいい、愚痴をこぼし、感情に流されるのではないでしょうか。
『何も思い煩わないで、あらゆるばあいに、感謝をもってささげる祈りと願いによって、
あなたがたの願い事を神に知っていただきなさい。』ピリピ書4:6
 
いつも、神さまと心が向き合っていないからなのです。
たえず、向き合っていなさいと聖書は教えます。
●先ず 祈りなさい。
優先順位の第�Tに、心配したり、後悔したり、憎んだりしないで祈りなさい。
●賛美しなさい。
私たちは成功した時、自己賛美に陥りやすいものです。
自分に栄光を帰することなく、神さまにまず 賛美と感謝を捧げることを忘れないようにいたしましょう。
そのことに、後で気がつく・・・・・ということが多いのですが。クリスチャンであるなら、
■苦しい時にはまず祈りなさい。
(問題を抱えたままで神の前に持って来ること。)
■喜びの時には賛美しなさい。
祈りと賛美・・・・これがクリスチャンの成功の鍵です。
祈っても、賛美することがないのであれば、一面しか実行していないことになります。

病んだ時には・・・・祈ります。
祈りはきかれる時ときかれない時があること。
親が子の要求を全て聞きいれないのと同様に、父なる神は祈りをきかれないかもしれませんが。
しかし、それでも祈るのです。
16節に 祈りは働くと大きな力があります。

祈りは本当にきかれるのでしょうか?
祈りのこたえかた・・・・4つあります。(野田秀著より)

●1、直ぐにこたえられる祈り
聖歌199番(ハイドンの曲)の3節にあるように、祈るとすぐにマナが降りてきた。
これは、クリスチャン皆なが経験済みでしょう。
●2、すぐにではないが、時間が経って応えられる祈り。
たとえば病の時・・・完全な癒しがなかったとしても
その時々に応じてこたえてくださっている。
何十年も経た後に、祈っていた方が救われたのように。
●3、応えられない祈り
祈った通りにはこたえられないが、違った方法、神さまの方法でこたえられた祈り。
こたえられないからといって祈りをやめるのは真の信仰者の祈りではありません。
●4、文字通りこたえられない祈り
自分の快楽の為に用いようと悪い動機からくる祈り。(ヤコブ4:3)
・罪を持ったままの祈り・・・・きかれない。
・罪は言い表わさないで、自分は正しい正しいと自分本位な祈り・・・・きかれない。
・自分がしなければならない義務を放棄した祈り・・・・きかれない。
たとえば、▲神を信じるようにしてください。▲罪を告白できるようにしてください・・・・このような祈りのこと。
上記は意思を働かせて自分ですることです。

まとめ

義人の祈りとはどのような祈りでしょう。
・自分の罪を知っていて悔い改め、十字架の血潮によって清められており、
自分の罪を悲しみ、イエスさまにより頼み、御心を行おうとする人の祈りです。
・神さまとの大切な管・・・・祈り
祈りは・霊の呼吸、聖書は・霊の糧です。
私達は祈りなしには 霊的に死んでしまうといっても過言ではありません。