6月30日(月)
聖書日課

◆『 主に身を避けることは、人に信頼するよりもよい。』
詩篇118−8 

見えない神にのみ頼る代わりに、見えるものに頼ろうとする誘惑を経験したことがあるだろう。
クリスチャンはしばしば人に助けを求めて、神に対する単純な信頼をだいなしにしてしまう。
今夜の聖句が、一時的なものに頼ろうとする神の子どもに適切であるとすれば、
しばらくこのことを論じ合おうではないか。

あなたは、自分の救いについては、ただイエスのみを信頼している。ではなぜ心を騒がすのか。
「大きな心配があるため」とあなたは答える。
しかし「あなたの重荷を主にゆだねよ」、
また「何も思い煩わないで、あらゆるばあいに、感謝をもってささげる祈りと願いによって、
あなたがたの願い事を神に知っていただきなさい」と記されてはいないか。
あなたは、この世のことでは神に信頼することができないのか。
「そのようにできたら」とあなたは言う。
しかしこの世のことについて神に信頼できなくて、
どうして霊的なことについて神に信頼すると言えるのか。
あなたは、たましいの贖いについては神に信頼できるが、
それよりはるかに小さなあわれみについては、信頼できないと言うのか。
神はあなたにとって十分ではないと言うのか。
神の満たしもあなたの必要を満たすのに不十分であると言うのか。
一切の秘密をご覧になる神の目のほかに、別の目がほしいのか。
神は気が弱すぎると言うのか。神の腕が疲れていると言うのか。
もしそうであるなら、別の神を求めよ。
しかし、もし神が無限で、全能で、忠実で、真実で、
そして全知であられるならば、なぜほかに頼るべきものを求めようとするのか。
神こそ大いなる岩であり、すべての重量を支えてくださるのに、
あなたはなぜ地中をかき回して他の基礎を求めようとするのか。

クリスチャンよ。あなたのぶどう酒を水で割ってはならない。
あなたの信仰の黄金に、人間的な信頼というかすを混ぜてはならない。
神にのみ仕え、神にのみ期待せよ。
ヨナのとうごまをほしがらないで、ヨナの神に憩え。
暴風を予見する者のように、千歳の岩の上にあなたの家を建てよ。

・・・・「Charles Haddon Spurgeon著 『夕ごとに』より」