5月21日(水) 晴れ
週の半ば 今夜は水曜祈祷会でした。
お疲れモードでしたが、主に励まされ守ることが出来ました。感謝です。

列王記第�T17章17〜24節からの学びでした。

『17:17 これらのことがあって後、この家の主婦の息子が病気になった。
その子の病気は非常に重くなり、ついに息を引き取った。
17:18 彼女はエリヤに言った。
「神の人よ。あなたはいったい私にどうしようとなさるのですか。
あなたは私の罪を思い知らせ、私の息子を死なせるために来られたのですか。」
17:19 彼は彼女に、「あなたの息子を私によこしなさい。」と言って、
その子を彼女のふところから受け取り、彼が泊まっていた屋上の部屋にかかえて上がり、
その子を自分の寝台の上に横たえた。
17:20 彼は主に祈って言った。
「私の神、主よ。私を世話してくれたこのやもめにさえもわざわいを下して、
彼女の息子を死なせるのですか。」
17:21 そして、彼は三度、その子の上に身を伏せて、主に祈って言った。
「私の神、主よ。どうか、この子のいのちをこの子のうちに返してください。」
17:22 主はエリヤの願いを聞かれたので、子どものいのちはその子のうちに返り、
その子は生き返った。
17:23 そこで、エリヤはその子を抱いて、屋上の部屋から家の中に降りて来て、
その子の母親に渡した。
そして、エリヤは言った。「ご覧、あなたの息子は生きている。」
17:24 その女はエリヤに言った。
「今、私はあなたが神の人であり、あなたの口にある
主のことばが真実であることを知りました。」列王記第�T17章17〜24節

この箇所から「みことばへの確信」の学びでした。
先週は、ツァレファテのやもめが エリヤの言葉通りにし、かめの粉とつぼの油は尽きず
2〜3年の間養われた箇所。今日の箇所はその後のこと。

●やもめの行いから学ぶこと

やもめは息子が息を引きとったとき 18節でエリヤに対し、嫌味を言い 食って掛かっています。
まるで 今日まで養われたという恵みを忘れてしまったかのように・・・・。
・忘恩の罪
ある人は 人間は皆 忘恩の罪を犯していると言いました。
・神様からの一般的な恩寵
・クリスチャンに与えられた特別な恩寵
わたくし達はこの恵みに対して、どれだけ感謝を現わしているでしょうか。
神さまだけではなく、人に対しても恩を忘れやすいもの者です。
人にお会いするとき いつも何かお礼をすること、お礼を述べることはなかったか・・・
と想いを巡らすことは大切なことです。

24節で やもめはエリヤに対して 自分の非を認める発言をしています。
このやもめのように、間違いに気がついたら すぐ悔い改めをすることです。

『きょう、もし御声を聞くならば、荒野での試みの日に御怒りを引き起こしたときのように、
心をかたくなにしてはならない。』
ヘブル書3章7・8節

私たちは ここに素直な信仰者として態度を学ぶことができます。
神はいつでも最善をなして下さると信じ、
心がぐらつくことなく、疑うことなく信頼すべきです。

『神がすべてのことを働かせて益としてくださることを、私たちは知っています。』
ローマ書8章-28節

●エリヤから学ぶこと

・神の力に対する徹底した信頼です。
エリヤは怒らず、言い訳もせず、今度も神は栄光を現してくださると信じ、
神の約束に対する確信がありました。
私たちもみことばに拠り頼むことが大切です。
・エリヤは愛の人でした。
「どんなに信仰深くとも愛がなければ価値がありません」と 聖書は教えます。

21節で 三度エリヤはその人の悲しみ・喜びを自分のものとして受け止め、
体を合わせて・・・・と記されています。
24節のやもめの言葉
「あなたの口にある主のことばが真実である」
いつもエリヤは神様のことばを口にしていたことが分かります。
みことばに確信を置いていたのです。私たちもエリヤに倣うべきです。