2003 06/10 19:03
Category : 日記
6月第二聖日、今日はペンテコステ(聖霊降誕)の日です。
ペンテコステとは教会の誕生日のことです。
イエス・キリストが十字架につけられ、3日後に復活なさって、40日間弟子達や、色々な場所に現れてくださいました。そうして天に昇って行かれました。それから10日後の出来事。
過ぎ越しの祭りから数えると50日後ということになります。
昇天される時に イエス様は「助け主を送る」と約束して下さったのですが、その助け主とは聖霊のことです。イエスキリストを信じる人々の心の中には聖霊さまが住んでいます。
今日の礼拝説教は「ペンテコステの祝福」と題して 井上牧師がみことばを取り次いで下さいました。
『五旬節の日になって、みなが一つ所に集まっていた。
すると突然、天から、激しい風が吹いてくるような響きが起こり、
彼らのいた家全体に響き渡った。
また、炎のような分かれた舌が現われて、ひとりひとりの上にとどまった。
すると、みなが聖霊に満たされ、御霊が話させてくださるとおりに、
他国のことばで話しだした。』 使徒の働き2章1〜4節
私たちにとっては突然であるかもしれませんが、神にとってはご計画が遂行されたに過ぎないのです。
聖書の中で 目に見えない実在として よく風が用いられます、また神の臨在の象徴として火も用いられます。
(たいまつの火・モーセが十戒を賜るときの燃える柴・出エジプトの際は昼は雲の柱・夜は火の柱、サムソンの誕生の際の炎の中という表現、等々)
私達は聖書を読んで、教会へ行ったから 自動的にクリスチャンになったわけではありません。
何十年も教会に集って 福音を聞いても イエス・キリストを受け入れない人・・・・。
聖霊様が働いて下さらなければ 誰もイエス・キリストを主と告白することは出来ないのです。
『聖霊によるのでなければ、だれも、「イエスは主です。」と言うことはできません。』
第�Tコリント12-3
本来人間というのは、自分は罪人ではない、自分は正しいと思っているのですから、
自分の罪が分かったということは聖霊が働いたということであり、
クリスチャンになったということは 聖霊を戴いたということなのです。
神は一つですが 3つのペルソナ(人格)をお持ちです。
父なる神・御子なるイエス・御霊・・・三位一体の神です。
心優しくない人---->心優しい人にはなれないのですが、聖霊が人格を変えてくださるのです。
聖霊に満たされなさい、消してはいけないと聖書は教えます。
福音を述べ伝えるのも その人の議論で勝利するのではなく(旨い、下手でなく)聖霊に委ねるとき聖霊ご自身が語ってくださるのです。
神は天地創造以前に 聖徒計画をお持ちで 私達クリスチャンを選び出しておられました。
人間の持っている生まれつきの宗教心が たまたま出会った宗教に入信したというのではありません。下から上へ求めたのでなく、上から下・・・・選ばれたのです。
「ローマ書8:28 神を愛する人々、すなわち、神のご計画に従って召された人々のためには、・・・・・」
「ローマ書8:30 神はあらかじめ定めた人々をさらに召し、召した人々をさらに義と認め、義と認めた人々にはさらに栄光をお与えになりました。」
と記されているとおりです
『御霊に満たされましょう。』・・・・・アーメン
ペンテコステとは教会の誕生日のことです。
イエス・キリストが十字架につけられ、3日後に復活なさって、40日間弟子達や、色々な場所に現れてくださいました。そうして天に昇って行かれました。それから10日後の出来事。
過ぎ越しの祭りから数えると50日後ということになります。
昇天される時に イエス様は「助け主を送る」と約束して下さったのですが、その助け主とは聖霊のことです。イエスキリストを信じる人々の心の中には聖霊さまが住んでいます。
今日の礼拝説教は「ペンテコステの祝福」と題して 井上牧師がみことばを取り次いで下さいました。
『五旬節の日になって、みなが一つ所に集まっていた。
すると突然、天から、激しい風が吹いてくるような響きが起こり、
彼らのいた家全体に響き渡った。
また、炎のような分かれた舌が現われて、ひとりひとりの上にとどまった。
すると、みなが聖霊に満たされ、御霊が話させてくださるとおりに、
他国のことばで話しだした。』 使徒の働き2章1〜4節
私たちにとっては突然であるかもしれませんが、神にとってはご計画が遂行されたに過ぎないのです。
聖書の中で 目に見えない実在として よく風が用いられます、また神の臨在の象徴として火も用いられます。
(たいまつの火・モーセが十戒を賜るときの燃える柴・出エジプトの際は昼は雲の柱・夜は火の柱、サムソンの誕生の際の炎の中という表現、等々)
私達は聖書を読んで、教会へ行ったから 自動的にクリスチャンになったわけではありません。
何十年も教会に集って 福音を聞いても イエス・キリストを受け入れない人・・・・。
聖霊様が働いて下さらなければ 誰もイエス・キリストを主と告白することは出来ないのです。
『聖霊によるのでなければ、だれも、「イエスは主です。」と言うことはできません。』
第�Tコリント12-3
本来人間というのは、自分は罪人ではない、自分は正しいと思っているのですから、
自分の罪が分かったということは聖霊が働いたということであり、
クリスチャンになったということは 聖霊を戴いたということなのです。
神は一つですが 3つのペルソナ(人格)をお持ちです。
父なる神・御子なるイエス・御霊・・・三位一体の神です。
心優しくない人---->心優しい人にはなれないのですが、聖霊が人格を変えてくださるのです。
聖霊に満たされなさい、消してはいけないと聖書は教えます。
福音を述べ伝えるのも その人の議論で勝利するのではなく(旨い、下手でなく)聖霊に委ねるとき聖霊ご自身が語ってくださるのです。
神は天地創造以前に 聖徒計画をお持ちで 私達クリスチャンを選び出しておられました。
人間の持っている生まれつきの宗教心が たまたま出会った宗教に入信したというのではありません。下から上へ求めたのでなく、上から下・・・・選ばれたのです。
「ローマ書8:28 神を愛する人々、すなわち、神のご計画に従って召された人々のためには、・・・・・」
「ローマ書8:30 神はあらかじめ定めた人々をさらに召し、召した人々をさらに義と認め、義と認めた人々にはさらに栄光をお与えになりました。」
と記されているとおりです
『御霊に満たされましょう。』・・・・・アーメン