2003 02/09 21:50
Category : 日記
本日の聖書日課
◆私たちを試みに会わせないで、悪からお救いください。(マタイ6-13)
祈りの中に、「求めなさい」「避けなさい」と教えられていることは、私たちの行動においても、実際に追求し、また回避しなければならないことである。
それゆえ私たちは努めて誘惑を避け、注意深く服従の道を歩み、悪魔をつついてかえって誘惑されることの決してないように、注意しなければならない。
獅子を求めてわざわざ茂みの中に入るべきではない。かえってひどい目に会うだろう。
この獅子は私たちの道を横切るか、茂みの中から襲いかかるかするかもしれない。
しかし、こちらから獅子を狩り出すようなことはすべきではない。
自分から挑みかかって勝ちを得るにしても、それは容易な戦いではないことを知るであろう。
友よ。私たちは誘惑に会わないように祈ろうではないか。
誘惑の意味を知り抜いておられた私たちの主は、
「誘惑に陥らないように、目をさまして、祈っていなさい」と、弟子たちを熱心に訓戒された。
しかし、誘惑を避けるために最善を尽くしても誘惑は来る。
したがって「私たちを悪からお救いください」という祈りがある。
神には罪のないひとり子がおられる。しかし誘惑に会わない子どもは一人ももっておられない。
クリスチャンも、たしかに誘惑を免れることはできない。
私たちは常にサタンを警戒しなければならない。
なぜなら、サタンは盗人のようにひそかに来るからである。
サタンに悩まされた経験をもつ信者よ、覚えよ。
ある季節に寒風の吹きすさぶことが予想されるように、サタンの攻撃が予想される時期のあることを……。
クリスチャンは危険を恐れて厳重に警戒するのである。
備えがあるなら危険は避けることができる。予防は治療にまさる。
悪魔と戦って苦しむよりも(その結果悪魔に対して勝利を得るにしても)、悪魔から攻撃されないように武装をかためるほうがはるかによい。
今夜、まず、誘惑が来ないように祈りなさい。そして次に、もし誘惑に会っても、悪から救い出されるように祈りなさい。
◆Charles Haddon Spurgeon
◆私たちを試みに会わせないで、悪からお救いください。(マタイ6-13)
祈りの中に、「求めなさい」「避けなさい」と教えられていることは、私たちの行動においても、実際に追求し、また回避しなければならないことである。
それゆえ私たちは努めて誘惑を避け、注意深く服従の道を歩み、悪魔をつついてかえって誘惑されることの決してないように、注意しなければならない。
獅子を求めてわざわざ茂みの中に入るべきではない。かえってひどい目に会うだろう。
この獅子は私たちの道を横切るか、茂みの中から襲いかかるかするかもしれない。
しかし、こちらから獅子を狩り出すようなことはすべきではない。
自分から挑みかかって勝ちを得るにしても、それは容易な戦いではないことを知るであろう。
友よ。私たちは誘惑に会わないように祈ろうではないか。
誘惑の意味を知り抜いておられた私たちの主は、
「誘惑に陥らないように、目をさまして、祈っていなさい」と、弟子たちを熱心に訓戒された。
しかし、誘惑を避けるために最善を尽くしても誘惑は来る。
したがって「私たちを悪からお救いください」という祈りがある。
神には罪のないひとり子がおられる。しかし誘惑に会わない子どもは一人ももっておられない。
クリスチャンも、たしかに誘惑を免れることはできない。
私たちは常にサタンを警戒しなければならない。
なぜなら、サタンは盗人のようにひそかに来るからである。
サタンに悩まされた経験をもつ信者よ、覚えよ。
ある季節に寒風の吹きすさぶことが予想されるように、サタンの攻撃が予想される時期のあることを……。
クリスチャンは危険を恐れて厳重に警戒するのである。
備えがあるなら危険は避けることができる。予防は治療にまさる。
悪魔と戦って苦しむよりも(その結果悪魔に対して勝利を得るにしても)、悪魔から攻撃されないように武装をかためるほうがはるかによい。
今夜、まず、誘惑が来ないように祈りなさい。そして次に、もし誘惑に会っても、悪から救い出されるように祈りなさい。
◆Charles Haddon Spurgeon