2002 06/14 01:48
Category : 日記
今日の日記はBBSの書き込み 「信仰を持つきっかけ」
の問いに対するお返事をDiaryにアップさせて戴きました。
私は自分の属する教会でも一度もこの問いに対するお証はしたことがありませんでした。
いつもお断りしていたのです。しかし、示される事がありましたので書かせて戴きました。
少し要領を得ない内容のところがあるかと思いますが、お許しください。
信仰を持つきっかけですね。。。。。。。。
私は大きな試練(病気とか・身近な人の死・家族の問題等々)
に直面して神様を求めたというのではないので、物足りないお証になってしまうかもしれません。
私の実家の宗教は真言宗でしたが小学生の頃に近くの教会学校に毎週日曜日に行っていました。
小学6年生ぐらいまでは行っていた記憶があります。
ですから、キリスト教はごく身近なものとして受け止めていましたし
なんの抵抗もなく讃美歌も口ずさんだりしていました。
それから、ずいぶんと時は流れて神様のことは忘れていました。
私には現在24・23・22才の3人息子と18才の娘の4人の子供がおります。
あれは、今から14年前の1988年のクリスマスだったと思います、
小学校の校門で教会の方が配っていた子供クリスマス会案内を
次男が持ち帰ってきたのです。
そして、「おかあさん、行ってもいい?」と何度も言うので行くことになりました。
もちろん4人一緒にです。
とても楽しかったのと、教会学校の先生方がおやさしかったので
腕白坊主達はその後も日曜日は4人揃って教会学校と礼拝に出席するようになったのです。
私は当時日曜日も出勤でしたので(嫁ぎ先が外車の販売をしています。)
朝から、午後まで預かって下さる学童保育のような感覚で、教会はありがたい存在でした。
その年の夏休み教会キャンプがあり、見送りに行きました。
それが、現在所属している教会へ初めて足を運んだ時だったと思います。
それから、何度か教会で行われる伝道集会・映画鑑賞会に出かけていきました。
でも、求めて行ったというのでは、ありません。
子供たちがいつもお世話になっているので、お礼の意味で出席するという感じでした。
私はその年(1989年)の秋頃には、毎週子供たちと礼拝に出席するようになりました。
といっても、日曜日の学校の行事の方を優先していたりという礼拝出席のしかたでした。
その当時は真剣に求めていたという姿勢ではなかったのでしょう。
現在愛用の聖書に1989年10月購入と記してありますから その頃から聖書も読むようになったのだと思います。
そのようにして、聖書を読み、日曜日にはバイブルクラスに出席
その後11:00から礼拝出席をする中で、
少しづつ少しづつ、聖書の中で語られる人間の罪ということが分かるようになってきました。
罪というとなんだか警察に捕まるような悪い事、刑事罰を伴うようなことを想像しますが、
聖書の罪というのは、人間が生まれながらに持っている自分が一番と思う心(自己中心の罪)
神様を無視して生きること・神様の前に立てないような自分の過去や現在の人に言えない恥ずかしい部分。
また自分だけが知っている足りない所、欠点 これらを認めないで生きることをいいます。
そしてこれは自分がいくら努力しても、頑張っても、罪は清算されないこと
私の罪を赦す為には イエス・キリストの十字架の死が必要であったことがぼんやりと分かってきました。
しかし まだ、確信はなかったというのが正直なところです。
私はとても疑い深い性質で
「じゃ、神様がいるのにどうしてこんなことが起きるの」
「毎日 お祈りをしているけど、本当に聞いてくださるのかしら?」
と神様に向かってつぶやいていました。疑っていたのです。
求道を4年間致しました。
そんな私がはっきりと神様の存在を認めたのは、
1992年の伝道集会で沖縄の国吉守牧師が語られたメッセージによってでした。
前後のお話はすっかり忘れてしまっているのですが、メッセージのある箇所だけ今でも鮮明に記憶しています。
「あなた方はよく子供をつくるといいますね。
今度は女の子だ、いや男の子が欲しいといったりします。
男の子と女の子ひとりづつでお上手につくられましたね、などと言いますよね。
しかし、本当にお父さんとお母さんお二人でつくられたのですか?」
私はこのメッセージはとても心に響いたのです。
私は4人の子供がいるけれども、ロボットを組み立てるように作ってはいない。
お腹の中に10ヶ月いたことも、わたしが生んだことも事実ではあるけれど
造ってはいない・・・・・・・・。
人間を造られるのは神様なんだ。
神様は今も生きておられるんだ。ということがわかったんです。
それからは、聖書のみことばが、スポンジが水を吸収するように すーっと自然に入ってくるようになりました。
その年(1992年)のクリスマス礼拝時牧師先生に信仰の決心を告白したのです。
私は洗礼を授かるまでは、特に大きな試練はありませんでした。
むしろ救いを受けてからの方が、色々と神様の試みに会いました。
しかし、これは神様がその試みに耐えられるように、前もって私を救いに入れてくださったんだなと思わされています。
イエス様を知らなかったら、あの時の苦しみには耐えられなかっただろうと・・・・・・・。
キリスト教は、世のいうご利益信仰ではないので、
クリスチャンになると苦しみや悲しみがなくなるわけではありません。
しかし、神様を知っている人と知らずに歩んでいる人とでは
その苦しみ悲しみが全く別の意味を持つのではないかと思います。
キリスト教はおしえではなくて、わたくしたちの中に
神様の愛がはっきりとわかってくる、神様と深く交わることが許される
人生の中の生活の体験なのです。
イエス様が私と共にいてくださる。
全て私のことをご存知で祈りをいつも聞いて下さっている。
そしてそのままの私を受け入れ愛していてくださっている
というのは体験しないと分からない恵みです。
心の奥のほうにいつも暖かい火が灯っているようなそんな感じでしょうか。
私が受洗したときに頂いたみことば ヘブル書13章5節
「私は決してあなたを離れず また あなたを捨てない」
このみことばにはいつも励まされ続けています。
教会に導かれてから早14年目を迎えました。
☆fufufu7☆
の問いに対するお返事をDiaryにアップさせて戴きました。
私は自分の属する教会でも一度もこの問いに対するお証はしたことがありませんでした。
いつもお断りしていたのです。しかし、示される事がありましたので書かせて戴きました。
少し要領を得ない内容のところがあるかと思いますが、お許しください。
信仰を持つきっかけですね。。。。。。。。
私は大きな試練(病気とか・身近な人の死・家族の問題等々)
に直面して神様を求めたというのではないので、物足りないお証になってしまうかもしれません。
私の実家の宗教は真言宗でしたが小学生の頃に近くの教会学校に毎週日曜日に行っていました。
小学6年生ぐらいまでは行っていた記憶があります。
ですから、キリスト教はごく身近なものとして受け止めていましたし
なんの抵抗もなく讃美歌も口ずさんだりしていました。
それから、ずいぶんと時は流れて神様のことは忘れていました。
私には現在24・23・22才の3人息子と18才の娘の4人の子供がおります。
あれは、今から14年前の1988年のクリスマスだったと思います、
小学校の校門で教会の方が配っていた子供クリスマス会案内を
次男が持ち帰ってきたのです。
そして、「おかあさん、行ってもいい?」と何度も言うので行くことになりました。
もちろん4人一緒にです。
とても楽しかったのと、教会学校の先生方がおやさしかったので
腕白坊主達はその後も日曜日は4人揃って教会学校と礼拝に出席するようになったのです。
私は当時日曜日も出勤でしたので(嫁ぎ先が外車の販売をしています。)
朝から、午後まで預かって下さる学童保育のような感覚で、教会はありがたい存在でした。
その年の夏休み教会キャンプがあり、見送りに行きました。
それが、現在所属している教会へ初めて足を運んだ時だったと思います。
それから、何度か教会で行われる伝道集会・映画鑑賞会に出かけていきました。
でも、求めて行ったというのでは、ありません。
子供たちがいつもお世話になっているので、お礼の意味で出席するという感じでした。
私はその年(1989年)の秋頃には、毎週子供たちと礼拝に出席するようになりました。
といっても、日曜日の学校の行事の方を優先していたりという礼拝出席のしかたでした。
その当時は真剣に求めていたという姿勢ではなかったのでしょう。
現在愛用の聖書に1989年10月購入と記してありますから その頃から聖書も読むようになったのだと思います。
そのようにして、聖書を読み、日曜日にはバイブルクラスに出席
その後11:00から礼拝出席をする中で、
少しづつ少しづつ、聖書の中で語られる人間の罪ということが分かるようになってきました。
罪というとなんだか警察に捕まるような悪い事、刑事罰を伴うようなことを想像しますが、
聖書の罪というのは、人間が生まれながらに持っている自分が一番と思う心(自己中心の罪)
神様を無視して生きること・神様の前に立てないような自分の過去や現在の人に言えない恥ずかしい部分。
また自分だけが知っている足りない所、欠点 これらを認めないで生きることをいいます。
そしてこれは自分がいくら努力しても、頑張っても、罪は清算されないこと
私の罪を赦す為には イエス・キリストの十字架の死が必要であったことがぼんやりと分かってきました。
しかし まだ、確信はなかったというのが正直なところです。
私はとても疑い深い性質で
「じゃ、神様がいるのにどうしてこんなことが起きるの」
「毎日 お祈りをしているけど、本当に聞いてくださるのかしら?」
と神様に向かってつぶやいていました。疑っていたのです。
求道を4年間致しました。
そんな私がはっきりと神様の存在を認めたのは、
1992年の伝道集会で沖縄の国吉守牧師が語られたメッセージによってでした。
前後のお話はすっかり忘れてしまっているのですが、メッセージのある箇所だけ今でも鮮明に記憶しています。
「あなた方はよく子供をつくるといいますね。
今度は女の子だ、いや男の子が欲しいといったりします。
男の子と女の子ひとりづつでお上手につくられましたね、などと言いますよね。
しかし、本当にお父さんとお母さんお二人でつくられたのですか?」
私はこのメッセージはとても心に響いたのです。
私は4人の子供がいるけれども、ロボットを組み立てるように作ってはいない。
お腹の中に10ヶ月いたことも、わたしが生んだことも事実ではあるけれど
造ってはいない・・・・・・・・。
人間を造られるのは神様なんだ。
神様は今も生きておられるんだ。ということがわかったんです。
それからは、聖書のみことばが、スポンジが水を吸収するように すーっと自然に入ってくるようになりました。
その年(1992年)のクリスマス礼拝時牧師先生に信仰の決心を告白したのです。
私は洗礼を授かるまでは、特に大きな試練はありませんでした。
むしろ救いを受けてからの方が、色々と神様の試みに会いました。
しかし、これは神様がその試みに耐えられるように、前もって私を救いに入れてくださったんだなと思わされています。
イエス様を知らなかったら、あの時の苦しみには耐えられなかっただろうと・・・・・・・。
キリスト教は、世のいうご利益信仰ではないので、
クリスチャンになると苦しみや悲しみがなくなるわけではありません。
しかし、神様を知っている人と知らずに歩んでいる人とでは
その苦しみ悲しみが全く別の意味を持つのではないかと思います。
キリスト教はおしえではなくて、わたくしたちの中に
神様の愛がはっきりとわかってくる、神様と深く交わることが許される
人生の中の生活の体験なのです。
イエス様が私と共にいてくださる。
全て私のことをご存知で祈りをいつも聞いて下さっている。
そしてそのままの私を受け入れ愛していてくださっている
というのは体験しないと分からない恵みです。
心の奥のほうにいつも暖かい火が灯っているようなそんな感じでしょうか。
私が受洗したときに頂いたみことば ヘブル書13章5節
「私は決してあなたを離れず また あなたを捨てない」
このみことばにはいつも励まされ続けています。
教会に導かれてから早14年目を迎えました。
☆fufufu7☆