5月25日 晴れ
本来ならば 今日は第4土曜日なのでお休みなのですが、急遽出勤することになりました。
大事なお客様(VIP)の納車がある為に接客業務を申し付かったという訳です。
午前中でアポイントメントを取っていたのですが、
お客様の都合でPM5:00以降に変更になってしまいました。それまでPCをすることに。。。。。。。。。。
あまり、お日様が高いうちにDiaryを打ったことがなかったので、かってが違います。
深夜に書く文章と昼間に書く文章はやはり、違うかもしれませんね。
お天気が良いからかもしれません。
昨日ホムペ仲間から私の残したLOG内容に対するご質問がありましたので、
今日はDiaryにPOINTをコピペしてアップいたします。


>「心の貧しい者は幸いです。」とは?聖書の言葉でしょうが

>心が豊かであることのほうがより幸せと思うのですが?

これは、クリスチャンでなくてもよくご存知の「山上の垂訓」として有名な箇所です。

マタイの福音書の重要ところです。

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山に登りおすわりになるとと弟子達がみもとにきた。

そこで、イエスは口を開き、彼らに教えて、言われた。

「心の貧しい者は幸いです。天の御国はその人のものだからです。

悲しむ者は幸いです。その人は慰められるからです。

柔和な者は幸いです。その人は地を相続するからです。

義に飢え渇いている者は幸いです。その人は満ち足りるからです。

あわれみ深い者は幸いです。その人はあわれみを受けるからです。

心のきよい者は幸いです。その人は神の子どもと呼ばれるからです。

義のために迫害されている者は幸いです。天の御国はその人のものだからです。」

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これは、至福の教えといわれています。(幸福に至る教え)

ふつう私達は幸福とは何かと問われると

お金、名誉、地位、健康、容姿などを思い浮かべる事でしょう。

しかしこれらの物は移ろいやすく実に不確定なものです。

こころの貧しい者とは人に誇ることの出来る何ものをも持っていない人のことです。

お金も、名誉も地位もない、体も弱い、知識も無い。

己によりたのむものが何も無いゆえに、ひたすら、

謙遜に神の御前に こうべを垂れている人のことをさしています。

私達が神の御前に立った時本当に誇るべきものをどれだけ持っているでしょうか?

天国に入る為にどんなものを携えていけるでしょうか?

神の御前に通用するのはただ「心がまずしい」ただそれだけなのです。

誇り高ぶるこころではなく、謙遜なこころを神様は祝福してくださるという教えです。

聖書は一部分だけ抜粋して読むと誤った解釈をする恐れがあります。

聖書は一字一句も加えてもいけないし、削除もしてもいけない大切な神のことばです。