磔刑
『三時ごろ、イエスは大声で、 「エリ、エリ、レマ、サバクタニ」と叫ばれた。
これは、「 わが神、わが神。どうしてわたしをお見捨てになったのですか。」
という意味である。
すると、それを聞いて、そこに立っていた人々のうち、ある人たちは、
「 この人はエリヤを呼んでいる。」と言った。
また、彼らのひとりがすぐ走って行って、海綿を取り、それに酸いぶどう酒を含ませて、
 葦の棒につけ、イエスに飲ませようとした。
ほかの者たちは、「 私たちはエリヤが助けに来るかどうか見ることとしよう。」と言った。
そのとき、イエスはもう一度大声で叫んで、息を引き取られた。』マタイ27章46〜50節
 


「エリ、エリ、レマ、サバクタニ」
となぜ主は弱音を吐かれたのでしょうか。これには二つの意味があります。

(1)
イエスさまが生まれる1000年前の旧約聖書(創世記、イザヤ書、ミカ書、詩篇 )に記されおり
”メシヤの受難の死”は約束されていたことであった。

「 わが神、わが神。どうして、私をお見捨てになったのですか。
遠く離れて私をお救いにならないのですか。私のうめきのことばにも。」詩篇22章1節

メシアであること---世界の救い主、私たちを罪から救ってくださるおかたであることを示している。

(2)
神さまから見捨てられる・・・・霊的な死を意味する。
主は肉体の死と霊の死を経験なさった。
霊的死とはかみからの断絶、神が関わることをいっさいなさらないことです。
主は父なる神から見捨てられたのです。
神は罪深い私達を見捨てることをなさらず、ひとりごイエス・キリストを見捨てられたのでした。
神は聖く、罪を決して見過ごすことが出来ないおかただからです。
肉体の苦痛は恐ろしいものです、しかし、神からの霊的断絶はもっとも究極的な苦悩なのです。
主は二重の死を負ってくださいました。
人間の罪をずっと追い詰めていくと自分が第一、我、自己中心に行き着きます。
主は、十字架にかかり身代わりに死んで下さったばかりではなく
3日目に蘇って下さり、今も神にとりなしの祈りをして下さっているのです。
私たちが神から永遠に捨てられることがないようにと。

「御手と御足のみか 心も裂けて、きみは死にたまいぬ 我らのため。」