ポンテオ・ピラトの審問
『 夜が明けるとすぐに、祭司長たちをはじめ、長老、律法学者たちと、全議会とは協議をこらしたすえ、イエスを縛って連れ出し、ピラトに引き渡した。
ピラトはイエスに尋ねた。 「あなたは、ユダヤ人の王ですか。」
イエスは答えて言われた。 「そのとおりです。」
そこで、祭司長たちはイエスをきびしく訴えた。 ピラトはもう一度イエスに尋ねて言った。
「何も答えないのですか。見なさい。彼らはあんなにまであなたを訴えているのです。」
それでも、イエスは何もお答えにならなかった。それにはピラトも驚いた。』
マルコの福音書5:1〜5



ピラトは主を兵士に渡してむち打たせた。当時ローマのむちは最も残酷な拷問に使われた。それは牡牛の皮で作られ、あちこちにとがった骨が入れてあるので、打ち下ろされるたびに、骨の小片が恐ろしい裂傷を与え、肉を骨からむしり取るのであった。救い主はもちろん柱に縛りつけられて、このようにむち打たれたのである。
主はその以前にもむちで打たれたことがあった。しかしおそらく、このローマの兵士のものが、一番耐えがたかったであろう。
私のたましいよ。ここに立ち、打たれた救い主のおからだのために泣け。
主にあるたましいよ。イエスがあなたの前に苦悶という愛の鏡を立てられる時、あなたは涙なしにイエスを直視することができるだろうか。
純潔なゆりよりも美しい主が、ご自身の鮮血のために、ばらよりも赤くなられたのである。
イエスがむち打たれたことによって、祝福に満ちたいやしが与えられたことを感じる時、私たちに愛と悲しみが共にわくのではないか。
もし私たちが主を愛しているならば、今主の燃えるような愛を感じなければならない。

見よ。忍耐深い主がいかに立たれるかを  見よ。主は侮辱の極みを受けられた

 罪人らは全能なる主の御手をしばり 造り主である主の御顔につばきした

 主の額には深くいばらがくい込み  傷口より真紅の血がほとばしる

 背に鋭いむちを受けられたが  そのむちが主の心を引き裂いた

一室に閉じこもって、私たちは泣いていたい。しかし日々の仕事をもっている。
それなら、主が血潮を流された御姿が心に深く銘記されるように祈り、夕べには主との交わりのために帰り、私たちの罪が主をお苦しめしたことを思って嘆こう。