3月10日(月) くもり時々晴れ
今日の聖書日課 

◆『女から生まれた人間は、日が短く、心がかき乱されることでいっぱいです。』 ヨブ記14章1節

今夜眠りにつく前に、この悲しむべき事実を思い起こすことは、私たちにとって益となろう。
なぜなら、それは私たちをこの世のことから解き放つからである。
私たちが逆境にあることを思うのは、楽しいことではない。
しかしそれは私たちをへりくだらせ、詩篇作者のように、
「私の山は堅く立つ。私は決してゆるがされない」
と叫んで誇ることをさせず、また私たちをこの地上に恋々とさせることもしない。
私たちは、ほどなくこの地上から天の花園に移される。
私たちは、自分が弱い器であり、器の中に一時的な恵みを盛っているにすぎないことを思い起こそう。
もし、この地上の木がすべてきこりの斧にねらわれていることを思うなら、
やすやすとその上に巣を作ろうとはしないであろう。
私たちはこの地上の人々を愛さなければならない。
しかし、それは死を前提とし、死刑を予想しての愛である。
私たちの親しい家族も、天来の預かりものにすぎない。
預け主に返すべき時は、目前に迫っているかもしれない。
私たちの地上の財産についても、これと同様である。富は翼を生じて飛び去るのではなかろうか。
私たちの健康もまた不安定なものである。かよわい野の花が永遠に咲くと思ってはならない。
私たちは弱くなる時も、また病に伏す時もある。
その時、熱心に活動することではなく、苦しむことによって神の栄光をたたえなければならない。
私たちの人生は短いが、悲しみから守られている日は一日としてない。
人の一生は、苦い酒を満たしたたるである。その中に喜びを訪ねようとする者は、
むしろ塩辛い大洋の中に蜜を探したほうがよい。
愛する友よ。あなたの愛情を地のものにつながず、上にあるものを求めよ。
なぜなら、この地上では虫が食い、盗人らが押し入って、盗み出すが、
天上ではすべての喜びが永遠に続くからである。
私たちの歩む苦難の道は、私たちの故郷である天国へ帰る道である。

主よ。この思いを、多くの疲れた人々の頭を支える枕としてください。

◆Charles Haddon Spurgeon著 「夕ごとに」より

Charles Haddon Spurgeon
1834-1892年
イギリスの著名なバプテスト派説教者。