6月23日(日) 晴れ
素晴らしい主の日 聖日礼拝へ。
先週は色々と心の平安の揺らぐ一週間でした。
しかしそのような中にあっても、
主の御導きとみことばの励ましにより礼拝を守れるこの恵みに感謝です。
今日はHPにはバイブルクラスの学びの御分かちをさせて頂きます。
礼拝説教より少し専門的で解り難い点もあると思いますが、
私はこの”迫害”の出来事を通して非常に示されることがありましたので。

今日からガラテヤ人への手紙の学びが始まりました。
(ガラテヤ地方は現在のトルコを指します。)
イエス様が十字架に架かられてから大体10年ぐらいたった頃(A.D.48〜56頃)のガラテヤの教会には
間違った、律法的・異端的考え方があって、教会が混乱していました。
もう一つの別の福音が存在するのではなく、キリストの福音を変えてしまうということです。
どのような考え方かというと、パウロは使徒ではなく、使徒とは(ヨハネ.ペテロ.ヤコブ.アンデレ.ピリポ.トマス.バルトロマイ.マタイ.アルパヨの子ヤコブ.シモン.ヤコブの子ユダ)だけであるという考えかたです。
そのことを聞いてパウロはガラテヤの教会へ書簡を書きます。
パウロが使徒になったのは人間的なものではない、そこにはダマスコにおいて復活のイエスキリストの出会いがありました。
「私が使徒となったのは人間から出たことではなくまた、人間の手を通したことでもなく、イエス.キリストと、キリストを死者の中からよみがえらせた父なる神によったのです。」ガラテヤ人への手紙1章1節

パウロは名前をサウロといいました。後になってパウロという名前になったのですが、サウロはクリスチャンを迫害するものでした。
しかし、ダマスコの近くまで来た時突然天から光が彼を巡り照らしました。
「サウロ、サウロ。なぜわたしを迫害するのか。」という声を聞いた。
彼が「主よ。あなたはどなたですか。」
というと、お答えがあった。
「わたしは、あなたが迫害しているイエスである。」
こうしてパウロは復活の主に出会い 召しを受けて、
異邦人宣教をする大使徒として立てられてゆきます。
今日の学びの主題は別のところ
「リベラルな考え方、イエス.キリストの復活が思想であるといった曖昧な考えかたではなく、
復活の事実がなければ私たちの信仰もむなしいものになる。復活は事実であり、イエスキリストは今も生きておられる。」
ここにあったわけなのですが、
私はパウロのクリスチャン迫害のほうに示されることがありました。
パウロのようにことごとくクリスチャンを迫害するものでさえ、
愛なるイエス・キリストに出会うことによって、全く180度変えられ、
イエス・キリストの福音を伝える者とされるのだと、
クリスチャンを迫害とまでは言わないまでも
否定して全く受け入れない方でも、イエス様に出会うことによって、
信じるものに変えられるのだということを改めて学び、
大きな恵みを頂いた日でした。感謝いたします。

† Saul、Saul、why are you persecuting Me ?