京都に平安の香りが残っているのか?
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・・・・などなど 京都を形容する言葉は 列挙しきれないほどあります

現在 京都に 平安京が出来て以降 元の場所に ほぼ当時のままの敷地を確保しているのが
教王護国寺・・・すなわち東寺しか 残っていないと知ると 驚きませんか
都が出来て 400年ほど続いた 平安時代の建造物は 応仁の乱で ほとんど全て 焼き尽くされてしましました
東寺も 建物の殆どは その後の建築物ですが 敷地と 諸堂の位置は そのまま奇跡的に残りました
平安京が出来た当初は 寺院と言えば 東寺と西寺の二つのみ
これしか 官の寺は存在しなかったのです
それ以降においては 個人の敷地に建てる 私的な堂(寺)は 認められたようです
え! そんなん違うやろ! とお思いでしょうが これが事実なんですね
しかし 東大路には 清水さんや 知積院 知恩院などが有るではないかとお思いでしょう
しかし それらは洛外(都の外)に存在しているのです
平安遷都後の京都と 今の京都では 大きさも 位置もかなり異なります
しかし おおむね 東は 鴨川以東は洛外
南は 東寺以南は洛外
西は 今の山陽本線沿いの 西大路から千本通り以西は洛外
と ほぼみなされていました
もちろん 嵐山あたりは 既に都ではなく 郊外の感覚ですね
現代人は 京都の範囲を大きくみていますが 中世においては ほんのわずかな範囲を 都と呼び その周辺は 洛外とされていたのです
源氏物語は 宇治周辺に その雰囲気を残していますが
宇治も もちろん郊外
伏見区も 昔は洛外とされていたのです

応仁の乱がなければ 洛中には 平安時代の建物や そのままの敷地が 多く残されたかもしれませんが
残念ながら 現在の京都で 平安時代の遺構を残すものは 数が少ないのです
御所も 最初は 今の二条城あたりに 現在のほぼ2倍の敷地を誇っていました
しかし 京都へ行けば 歴史がそのまま残っている場所が 数多くあり
町全体が ミュージアムと言っても過言ではないでしょう

京都の町を見学するとき 歴史を意識して ある時代にポイントをしぼって 見学すると
それまで意識しなかった 何かが見えてきますです はい^^

編集 テラ : でっしゃろ^^
編集 ペン : はい♪さようでございますです^^