追憶
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 作家の北杜夫さんがお亡くなりになりました。
 北杜夫さんは、青春時代の思い出とつながる小説家の1人でした。








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 聞くところによると、
 インフルエンザの予防接種をした後に、体調を崩されたとのこと。
 なにやら、そのへんが気になるのですが、
 まあ、それはまた別の話…。


 最初に読んだのは「どくとるマンボウ航海記」。
 こんな面白い小説があるのかと熱狂しました。
 ほどなく「幽霊―或る幼年と青春の物語」を読んだときは、
 出だしの文章に痺れました。





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  人はなぜ追憶を語るのだろうか。
  どの民族にも神話があるように、どの個人にも心の神話があるものだ。
  その神話は次第に薄れ、やがて時間の深みの中に姿を失うように見える。
  -だが、あのおぼろな昔に人の心にしのびこみ、そっと爪跡を残していった事柄を、
  人は知らず知らず、くる年もくる年も反芻しつづけているものらしい。
  そうした所作は死ぬまでいつまでもつづいてゆくことだろう。
  それにしても、ひとはそんな反芻をまったく無意識につづけながら、
  なぜかふっと目ざめることがある。
  わけもなく桑の葉に穴をあけている蚕が、
  自分の咀嚼するかすかな音に気づいて、不安げに首をもたげてみるようなものだ。
  そんなとき、蚕はどんな気持ちがするのだろうか。


 この冒頭の文章は何度も読み返し、ほとんど暗記してしまいました。
 同じような体験をされた方は大勢いると思います。


 こんなふうに書けたらどんなにいいだろうと思ったことを思い出します。
 ストーリーなんてないに等しい叙情的な文章なんですが、
 ところどころに昆虫の名前が出てきて、
 随分いろんな虫の名を知っている人だなあという印象もありました。

 学生時代に同期だったとかという評論家の奥野健夫さんも、
 この無名作家のデビュー作を読んで感銘を受けた1人。
 しばらくしてから学生時代に顔見知りだった斎藤宗吉と出会って
 路上で立ち話をしているうちに、目の前にいる斉藤が
 先日読んで感動した北杜夫だと知って仰天したというエピソードがあります。
 そう言えば、作品中に出てくるたくさんの昆虫の名前は、
 あの虫キチの斉藤なら不思議ではないなあ…と。


 北さんは、自分が斎藤茂吉の息子であり、
 なおかつ、父親を尊敬して文学を志しているということを
 隠していたんですね。
 ですから、昼間は虫を追いかけまわしている変人みたいに
 見られていたんです。
 夜中に、みんなが眠りに就いたころ(寮生活だった)、
 起き出し密かに小説の習作を書いていたわけで…。

 

 「狐狸庵山人」を名乗った遠藤周作さんと
 「どくとるマンボウ」の北杜夫さんとで
 本を出されていたことも思い出します。

 久し振りにご著書を読み返したくなりました。
 
 心から、ご冥福をお祈りいたします。
 



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