ゆふぐれ




《 (・・・)

  「さようなら。海辺さん」と彼女は言った。

 一瞬後に、
 笑った三つの顔が奥のほうの窓からメルソーをみつめ、
 黄金色をしたまるで大きな昆虫のような黄色いバスが、
 光の中に消えていった。

  (・・・)

 こうした愛の香りと、
 踏み潰され、香りを放つ果実を前にして、
 そのときメルソーは、季節が傾きつつあることを感じた。
 厳しい冬が身をもたげようとしていたのだ。
 だがかれは成熟し、いまやそれを待ちかまえていた。
 この道からは海は見えなかった。
 けれども山の頂には薄い赤みがかった靄がみえていて、
 それが夕暮れを告げていた。


 (・・・) 》


= 『幸福な死』カミュ/高畠正明訳〈新潮文庫〉








自習室 午後3時


変色した 文庫本を開く



ページ番号についている 青いインクの 楕円

そして 2ページ後の数字を隠すように 折ってある

つぎのページ 耳



*


− 「ライ麦畑」を 読み返してみたんだ

− 10代の時と 40代の今とでは



止まり木で 語り合っていた 夕べ

旧友達の声が よみがえる



*


同じ時期 同じ季節に 同じ場所で 過ごしてた

しかし ライ麦畑とは 無縁に

太陽と浜辺

メルソーとムルソー に 気をとられていた



*



《 ・・・

  これと似たような多くの夕暮れは、かれのなかでは、
  かつては一つの幸福の約束のようなものであったので、
  今日の夕暮れを幸福として味わうことは、希望から
  征服へとかれが踏破したその道程をかれに推し測らせる
  ものだった。

  ・・・ 》



*




這い出してくる


薄暮の食指




*




《 ・・・

  マラルメの劇場装置の分析は、常に、
  「夕辺、地平線が煌めく時刻となるや、
   人類の内部に穿たれる」
  「壮麗な穴、というか待望」、
  つまり「〈不可能性の怪獣〉の頤がぱっくりと開く」光景を
  喚起することではじまるのだった。

  ・・・  》 〈渡邊守章〉
    










内なるカオス