ざわめき
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   《 ・・・


     ひとりが別のひとりのために身を退ける。

     ひとりがもうひとりのために存在する
     ( l’un est pour l’autre )。

     そのせいで語り手は深い喜びを感じる。

     その喜びが語り手を存在のはるか高みへと
     上昇させるように思われる。

     けれどもそれは偽りの出来事であり、
     たちまち無名性の薄暗い冷気に、
     暗い中庭の奥を見つめている語り手を凍えさせる
     宇宙的な冷気に、混じり合ってしまう。

     この終わりなき空間の沈黙・・・存在の広大さと、
     地上でこれまで殺し合ってきたひとびとの群れを前にしたとき、
     他人に一歩の道を譲るような不確かな動作が
     いったいなんでありえよう。

     どうでもいいような機械的動作だ!

     卓越した知性を行使して
     案ずるに足るような問題ではないにもかかわらず、
     この動作はそれを軽んじ、それを押し殺そうとする沈黙のうちで、
     絶え間ないざわめきの音を立て続ける。


     ・・・ 》


     = エマニュエル・レヴィナス / 内田 樹 訳

       『白日の狂気』についての演習  〜 より






















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