杉浦日向子の江戸話
字を間違えているような気がする――(--;)
此処でいっとるこの人は、NHKの「お江戸でござる」で解説に出てきている、あの人です。
その人の、江戸に関する文庫本のエッセイ読みました。

好きです、この人のエッセイ。何が好きかっていうと、この人が持っている江戸への親しみってーか、愛着というか、その胸に抱きしめているような優しさだってゆーか。
こういう関わり方はよいです。

私は、私の抱いている高杉に、結構自信があります。ってーか、私にとって高杉は、何だか物凄くリアルなんです。声を聞いて、手に触れて、その手の温みを知っているようなリアルさなんです。これは、私が今まで読んできた、非情に狭い見識の中から立ち上げた高杉なんで、これを杉浦さんと比較してはとんとんとんとんとーんでもないっ! という話になっちゃうんですが、しかし、お前にだけは絶対言われたかぁないっ! って人から、狭いと言われる筋合いは、絶対にないっ! と云う程度にはリアルです。
人にはそれぞれ、固有の思いがあるので、どんな感想抱こうがその人の勝手で、大体が、いま目の前に存在していて、互いが手に触れることが出来る一個の対象物だって、それぞれの脳の中でどのように再構築されているか解らんってーのにですね、それも、私が尊敬してて、その人の書くものに憧れてて、人間的にも優れていて、大層な人だ、と思っている人――例えていうなら、司馬遼太郎さ;^^)A――から言われるならば仕方がない、勉強不足です、と頭も下がるが、あんたが言ってる高杉は、ぜってー高杉じゃない! それは違うっ! あんたがその高杉が好きなら、私がいないところでその幻想と遊んでてっ!! と叫びたくなるような人からだけは、ほんとに、心から言われたくなかったです。

うをう;^^)A もう随分前の話を、今更愚痴っちゃったぜ;^^)A 違う、こんな話がしたかったんじゃないよ(笑)

要するに、このようにして思いを抱けるというのはとても幸せだなぁ、と云うことで。杉浦さんのように、リアルな高杉を抱きたいな、と。そのために、色々読んで勉強せねばなるまいな、と再び思った訳なのですよ。
富士が高いのは、あの広大な裾野があってこそ。美しいのは、バランスの取れた偏らない土台があるからゆえ。
ってわけで、研鑽を積もうと思いつつ、京極堂に思いっきり偏っていて、軌道修正できない今の私――(--;)

ああ、人生って難しい(笑)