2004年05月の記事


その2
「……あれ〜〜? 此処何処〜〜?」
 天真とあかねがやや青ざめて視線を交わす中で、のんびりと詩紋が目覚めた。続いて、蘭が。
「お兄ちゃん……私たち、帰ってきたの……?」
 流石黒龍の神子だけあって、蘭はすぐに世界の違いを悟ったようだ。
「ああ、そうだよ、蘭。此処は俺たちの世界だ」
 蘭が目覚めたことによって、とりあえずほかの雑多な問題を蹴飛ばし、喜びに浸る天真。まだ現実に直面してない蘭も、嬉しげにその抱擁を受けている。
 うんうん、と頷きながら、ほんのりと涙ぐむ詩紋。
 そして。
「良かったねぇ、天真」
 にっこりと花笑みを浮かべる、左近少将。
「……友雅さん?」
 詩紋が素っ頓狂な声を上げた。
 そして、気付いたのである。自分と、仲間の今の格好を。

 振袖並みの長い袂にミニスカート、厚底サンダルも真っ青のぽっくり姿のあかね。髪をみずらに結い、着物だか甚兵衛だかよく解らない格好の蘭。自分は制服の上に直衣を纏い、天真にいたっては、原型がよく解らないほど着崩して、みょうちくりんな格好になっている。
 その上。
「どうしたんだい、詩紋? 妙な顔をして」
 ド派手な牡丹の模様がついた直衣の友雅。

「……あかねちゃん……」
 遅ればせながら、深刻な事態に気付いて、詩紋はすがる眼差しをあかねに向けた。しかし、あかねだって解決方法など思いつけはしない。
 何しろ、入学式早々にこのとんでもない事件に巻き込まれたのである。当然のことながら、例え教室に行った所で着替えはない。いや、それより籍があるかさえ怪しい。
 だからといってこの格好で往来を歩くのは。
(は、恥ずかしい……)
 想像しただけで真っ赤になる。ひとりでも恥ずかしいのに、同様なのが5人である。
 しかし、旅の恥は書き捨てだ(旅は終わったところではあるが) 無理やりそう思って帰ってもいい。より困難な問題はそこではない。
 この格好を親に見られたら、どれほど絞られるかも覚悟しよう。行方不明の間の言い訳なんかしようもないから、余計怒らせるのも間違いのないところだ。が、どれほど激怒したとしても、まさか、ようやく帰ってきたわが娘、わが息子を追い出しはすまい。

 だけど友雅は。

 一体全体、三十過ぎにして無職、この世界の常識知識などかけらもない上、就職に役立ちそうなスキルも見込めない、けれどあの京で培ってきた美意識と自意識は人一倍の少将様を、何処にどーやって収めればいいのだ〜〜。

 ……龍神様……片手落ちすぎる……。

 当のご本人を除く四人の脳裏には、期せず同じ言葉が浮かんだ。
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その1
 気がついたのは、例の井戸端だった。
 魔界に通じるといううわさのある、すべての始まりとなった井戸。
 あの時は桜の花が満開だった。いまはすっかり葉桜である。
 やわらかい日差しが、葉の間を抜けて、彼らの顔を照らしていた。
「……うーん……」
 寝返りを打ったあかねは、草に頬を刺されるちくちくとした感触に目が覚めたのだ。
「此処、何処!?」
 解らなかったのは、記憶にあるこの場所が、満開の桜の中だったからだろう。淡いピンクに囲まれた華やかな場所から一転して、物静かな雰囲気に変わっていたのだ。
「多分、学校裏の井戸」
 すぐそばの巨木の根元には天真が片胡坐で据わっていた。
「私たち、戻れたんだ」
「……ああ」
 あかねは視線をめぐらせた。
 天真がいる。詩紋が、まだ眠ったままでいる。天真のが抱きかかえているのは、やっと連れ戻すことができた妹の蘭。そして。
「……友雅さん……」
「漸くお目覚めかい、姫君」
 木漏れ日の中に立つ、美しい姿。
 柔らかな直衣を着崩した肩には、長い髪がくるくると落ちかかっている。冷たく冴えた美貌は、口元の微笑によって際立てられていた。
「友雅さん……」
 一瞬あかねは混乱し、意味もなくその名を繰り返した。
 徐々に記憶がよみがえる。
 神泉苑での最後の戦い。白龍を呼んだあかねを引き止めた、友雅の真剣な顔。
「君と一緒に行く」
 そうだ、確かにそう言った。
 ……言ったけど……。

 実際こうして校舎の裏に舞い戻ってみたときに、直面せざるを得ない大問題が、ある。

 ……友雅さんを何処に連れて行けばいいの……?

 振り返ってみた天真の顔にあるのがまったく同じ問いかけであることを、あかねははっきりと悟っていた。
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