「一枚のコイン表&裏」「生即死、死即生」=「同時進行」 暮れに「三首御詠歌章」1477
「一枚のコイン表&裏」「生即死、死即生」=「同時進行」 暮れに「三首御詠歌章」1477
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「一枚のコイン表&裏」「生即死、死即生」=「同時進行」 暮れに「三首御詠歌章」1477
251231 三首詠歌 画像.jpg

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「一枚のコイン表&裏」「生即死、死即生」=「同時進行」 暮れに「三首御詠歌章」1477年

 大晦日、こどもの頃から聞かされてきた「三首御詠歌章」。
 ネットには「文明9(1477)年12月2日の日付のある御文章、とにかくながい! 三首の詠歌章」の評もあるが。 https://www.youtube.com/watch?v=oTXNzN-EgN4
 著者は1415年4月の生まれとあるから、記載の1477年 12月は、満72歳の手紙。

 冒頭は深い回顧で綴られる。
 「秋も去り春も去りて、年月を送ること、昨日も過ぎ今日も過ぐ」。
 「いつのまにかは年老のつもるらんともおぼえずしらざりき」。
 
 ここから、過ぎ去りし半生に思いを展開。
 「そのうちには、さりとも、あるいは花鳥風月のあそびにもまじはりつらん」。 「また歓楽苦痛の悲喜にもあひはんべりつらんなれども、いまにそれともおもひいだすこととてはひとつもなし」。
 「ただいたづらに明かし、いたづらに暮して、老の白髪となりはてぬる身のありさまこそかなしけれ」。

 だが、ここで、わが身の恙無きに、深く思いを致す。
 「されども今日までは無常のはげしき風にもさそはれずして」
 「わが身ありがほの体をつらつら案ずるに、ただ夢のごとし、幻のごとし。 「いまにおいては、生死出離の一道ならでは、ねがふべきかたとてはひとつもなく、またふたつもなし」。

 流れる文体のなかで、にわかに言及「生死出離」。
 「しょうじ・しゅつり」と読むのだ。
 当節、AIの答えもあるが、そこは本流の解釈によると、次のように。

 「この世は無常だからこそ、今を一生懸命生き抜くということが大切である」と、
 「積極的に無常というものをとらえているおられることを忘れてはならない」。
 (浄土真宗本願寺派 法帰山西光寺 https://houkizan.sakura.ne.jp/text122-74.html)

 静かに聞いて、遅慮することなくお過ごしを。
 すなわち、絶対者の<本願のいわれを聞かせていただいて、そのまま受け入れる>。
 <自分の判断でためらうのではなく、そのまま信受することを「聞思」>する、とされる https://komyouji.com/hougocalender/2011_1.html 光明寺「法語カレンダー」。

 原因のみで、即、結果にむすびつくわけだはないが、目にはみえず、気つかぬこともある「縁」のつながり次第で、自ずと「結果」に至る。
 これぞ、同時進行の意。