おぼろ月夜
彼女の実家は小諸だった

小諸店のコンピュータのウイルス復旧対策が大詰めを迎え
今夜も仕事に区切りをつけて、小諸に向かった
妻に今日も夕飯は要らない旨伝えると
「せっかくだから、あなたもお通夜に顔出してきたら」
知らなかったが、実家は小諸らしい

小諸なる古城のほとり 懐古園のすぐ隣り 寅さん会館の側
行ってみると、ちょうちんが灯っていたのですぐわかった

家の中は煌々と明かりが灯り、家人が眠れぬ夜を過ごしているのが想像に難くない
だが、入るにはためらいをおぼえた
pm10:00を過ぎていて、周りに誰もいないのもあるが
俺は妻と違って、人妻と別段仲良しというわけでもないし
単なる顔見知りでしか過ぎない
それに
穴あきジーンズに穴あき靴下
頭はボサボサで上着の袖は汚れて小汚い
こういった時は身なりは関係ないと思うが

それよりなにより
妻の言葉

「発表会の時のような白いドレスを着て、頭には髪飾り
とっても優しいいいお顔だったよ」

そんな子供が、小さい柩に入れられているかと思うと
俺は遺族におくる言葉がない
ご愁傷様でした、お悔やみ申し上げます、なんて云えない

人の死は、もう幾度となく見てきた
つい年末も、妻の親父さんの骨を拾ったばかりだ
だが、それはやはり順序
年老いた者から天国へ逝くべきだ
幼子が、親より先に逝くもんじゃない

空を見上げて考えた
半月太りの月の光に負けない北斗
いつもより低い位置の獅子
隣が懐古園ということもあって、鬱蒼とした森で辺りは静まりかえり
枯れた枝を伸ばした木々が、まるでムーミンにでも出てくる妖怪のようだ
放射冷却で気温はどんどん下がり、しんしんと冷えてくる

・・・こんな状況の中を、子供達は彷徨ったのだ

言葉にできないもやもやが、やりきれなさを増幅する
結局、手を合わせることを知らない俺は
しばし門前で黙祷し
俺なりの見送り方をして
車に乗り込んだ


ドライなようだが、現実モードに切り換えなければならない
俺には仕事が待っている

家族のため、こども達のため