能登支援のお願い (緊急)
金額のご支援は

未来につなごう支援金振込先

■みずほ銀行

金沢支店 420

普通 3050300

口座名 未来につなごう能登

こちらの上記のみずほ銀行は

みずほ銀行の全国支店からのお振込みは振込手数料がかかりません。
コメント (0)

『群書類従』(ぐんしょるいじゅう)とは
塙保己一の 群書類従とは・・

ウィキペディアより引用させていただきます。


出典: フリー百科事典
『ウィキペディア(Wikipedia)』

『群書類従』
(ぐんしょるいじゅう)
1901年に刊行された翻刻本の標題紙

編集者 塙保己一
著者 塙保己一


『群書類従』(ぐんしょるいじゅう)は、塙保己一が編纂した国学・国史を主とする一大叢書。

概要
国史の研究において貴重な文献の散逸を危惧した塙保己一がそれらを叢書にまとめようと、1779年(安永8年)、菅原道真を祀る北野天満宮に刊行を誓った。江戸幕府や諸大名・寺社・公家などの協力を得て収集・編纂した。

古代から江戸時代初期までに成った史書や文学作品、計1273種を収めている。寛政5年(1793年) - 文政2年(1819年)に木版で刊行された。

歴史学・国学・国文学等の学術的な研究に、多大な貢献をしている。
コメント (0)

日本が誇る全盲の国学者 塙保己一(はにわほきいち)の 史料館 『温故学会』(おんこがっかい)
渋谷区東 2-9-1

国学院大学 氷川神社などが ある このエリアに

あの ヘレンケラーも 訪れたという、

塙保己一(はにわほきいち)の史料館があるのです。

ここには 前述の「十六夜日記」のみならず、おおくの

日本文学の 版木が保存されています。

驚きなのは 全盲であった 塙保己一が なんと、40年の歳月をかけて その史料を編纂したということです。

そして、この館は、わたしが広尾から毎日通う 渋谷区東の事務所の すぐそばにあるということ。

お恥ずかしい話ですが、それまで わたしはこの 国学者の存在を知りませんでした。





http://onkogakkai.com/
コメント (0)

阿仏尼の『十六夜日記』と わたしの ブログ 『平成十六夜日記』について 
ご存じ『十六夜日記』(いざよいにっき)の作者は 

阿仏尼(あぶつに)という女性です。

また この『十六夜日記』という 本の名前は 

さいしょからついていたものではなく、のちに 

日記を書きだした日が 十月十六日であったことから 

『十六夜日記』とつけられた、という説があります。
コメント (0)

『平成十六夜日記』
1)わたしの goo blog 『平成十六夜日記』は、

平成という時代が終わり、『令和』に 元号が改められた

ときから、『麗しき 令和 と わたし』という

タイトルに 変更されました。


       文責 上原順子
コメント (0)

冬のうた
今日を 咲き

咲ききらむとす 冬の薔薇


 『平成十六夜日記』より

             作者 上原順子
コメント (0)

冬の朝 早稲田キャンパス 2007
学び舎へ 息弾ませて走りゆく

乙女等の背に 朝陽 輝く


  『平成十六夜日記』

          作者 上原順子
コメント (0)

秋から冬へ 
ふるふる 山茶花 冬の道

遠いふるさと 思う道

銀杏並木が 色づけば

楽しい季節のはじまりです。

真っ赤なりんごをむきましょう

金色ねこは 夢のなか

             Junko Uehara
コメント (0)

金王八幡宮での焼き芋大会
きょうは、渋谷という街の名の 起こりとなったと

いわれている、金王八幡宮へお参りに行ってきました。

ひさしぶりに訪れた境内の鳥居をくぐると、

ちょうど、落ち葉をたくさん集めて、焼き芋づくりの

準備をしているところでした。

まだ、早い時間でしたので、わたしは 右手にある

「宝物殿」を拝観してみました。

天皇がお乗りになったという「神輿(みこし)」が

ふたつ並べて飾られていました。

ほかにも、左甚五郎作の作品や、絵巻物など、

とても貴重な品をいくつか見て回りました。

遠い昔のその時々の 「空気」が、ふと、わたしの

身体を包んだような気がしました。
コメント (0)

無題
潮のごと 寄せ来る胸の昂りに

暦覗けば 今宵満月

        『平成十六夜日記』より

            作者 上原順子
コメント (0)