旧宮家の役割「世襲親王家」とは、、凄い。


(参照資料 ウィキペディア)

そもそも宮家とは、皇統(天皇の男系子孫の血統)に属するが皇位は継がなかった傍系の皇族が、皇室の荘園の一部を自身の所領として自らの子孫に相続させる(同時に、所領の地名などを冠した宮号を継承させる)ことで成り立っていたが、その多くは数代で廃絶した。

ところが正長元年(1428年)、時の称光天皇が嗣子なく崩御した際、宮家の一つであった伏見宮の嫡男であった彦仁親王が後花園天皇として皇位を継承する。

この時、天皇の勅命により、伏見宮は「永代親王家」と定められ、宮号の継承者は代々、時の天皇または上皇の猶子として親王の身位を得ること(親王宣下)、正統(しょうとう、皇統の内で天皇の位を継いでゆく血統を指す)が絶えた時はこれを受け継ぐべく、永代にわたって皇族として控えることが定められた。この制度は世襲親王家と呼ばれ、桂宮・有栖川宮・閑院宮の3家が新たに加わる。

幕末の宮廷においても、伏見宮は「伏見殿」と呼ばれ、代々の天皇の出身宮家として、天皇と同様の存在とみなされていたという。
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父:伏見宮貞成親王(後崇光院)

母:庭田幸子(敷政門院)

兄:後花園天皇(現在の皇室の祖)

弟:貞常親王

妃:庭田盈子(治部卿局)

貞常親王の第一王子:伏見宮邦高親王、尭胤法親王ほか。
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つまり、天皇家の血統を維持して天皇家側が絶えた時はこれを受け継ぐべく、永代にわたって皇族として控えることが定められた、、ってこと。
(天皇家の血統を絶やさないスペアとしての意味のようです。)
凄い、凄すぎる。