「伝える」思い新たに
<阪神大震災 被災者ひと言集>   

神戸市の東遊園地

・亡くなった次女のおなかの中には赤ちゃんがいた。
 15年たっても悲しみは消えない。

・もっとできることがあったのではないかと悔やみ続けた15年だった。
 学生に伝えていくことで前に進んでいきたい。

・何であんなええやつ奪ったんや。

兵庫県芦屋市の精道小学校

・息子の同級生は25歳になり、見分けもつかないくらい大人になった。
 息子の思い出は、小学生で止まったまま。

兵庫県西宮市の阪神西宮駅前

・怖い記憶がよみがえり、これまで追悼行事には参加できなかった。
 15年を経てようやく向き合えるようになった。

兵庫県芦屋市の西法寺

・震災を機に、消防団の意識が一気に高まった。
 これからは若い人に経験を伝えていきたい。

兵庫県淡路市の北淡震災記念公園

・15年はあっという間に過ぎた。
 復興はできたが、助け合いが減り、町のきずなが薄れたように感じる。
                            (新聞記事より)※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

「あの日」から、はや15年である。
被災者の暮らしに目を向ければ、まだまだ厳しい現実が横たわっている。

震災からは本当に数多くの教訓を学ばせてもらった。
それは今後も続くだろう。
南海・東海地震への備えは万全だろうか。
震災を昔話にしてはならない。

編集 gonch : 当時は妹さんのことをさぞかし心配されたことでしょうね。予知はできないので、備えることが一番でしょうか。
編集 ペン : 妹が神戸にいたのですが今でもリアルに語ってくれます。予知は出来ないらしいので東海沖地震が心配になっているペンです