子どもの空間:/9 苦悩、誰が知る 同級生に殺人依頼の16歳
窓のない面会室で、少年(16)は感情をまったく表さなかった。

 北海道の旭川少年鑑別所。昨年11月、面会に訪ねた中学時代の担任は戸惑った。「本当に来てくれたんだね」。演技なのか、別の世界にいるのか、判断がつきかねるような冷ややかな口調だった。

 「事件について誰かに話せば、心の整理がつくだろ」。担任の問いかけに、つぶやいた。「おれの4年間の苦しみは、誰にも分からねえ」

 その3カ月前、中学時代の男子同級生(16)を30万円の報酬を払う約束で稚内市の自宅へ呼び、自分の母親(当時46歳)を包丁で殺害させた。母親に離婚の理由を尋ねた時、「お前に関係ない」と言われたのが動機だと供述した。

 面会室で一つだけ、両親との幸せな思い出を口にした。「むかし、横浜の中華街で食べた小籠包(しょうろんぽう)の味が忘れられない」

 横殴りの雪が顔に突き刺さる。4年前、母と少年は神奈川県横須賀市から母の実家のある最北端の町へ移った。離婚が理由だったが、小学校の担任には「親の介護のため」と母親は説明した。

 中学時代の友人の一人は普段の姿と凶行が今も結びつかない。教室では目立たず、よく読書にふけっていた。別々の高校に進んだが、学校帰りのバスで顔を合わせ、笑顔で話しかけられた。「勉強、難しいよね」。事件を起こす2日前だ。

 だが、殺害を依頼した同級生には別の顔を見せていた。「おれは殺人組織の一員で、母親はあかの他人。殺してほしい」。断れない心理状況へ巧みに追い込んでいった。

 中学校には少年の美術作品が今も保管されている。「大人は子供 子供は大人」という題のコラージュ。広告から写真を切り抜いて作ったもので、スーツ姿の男性の体に男児の顔が載っている。

 「自分を捨てた父が憎く、それをかばう母も憎かった」と少年は供述する。父は再婚し、子をもうけている。事件の半年前、少年は父に電話をかけ、受話器の向こうに新しい家族がいることを感じ取っていた。

 卒業文集に中学校の思い出は一行もなく、父のことだけを書いた。「親父(おやじ)と同じ海上自衛隊に入りたい」。事件直後、少年は担当弁護士にこう言っている。「今の家庭を大事にしてほしい。自分のような境遇の子を作らないでほしい」

 快晴の空と海の深い青が境目で溶け合う。穏やかな浦賀水道を望む横須賀の高台に、少年が両親と暮らした家があった。事件後は不在がちだが、父が新しい家族と住んでいる。

 「きちんとあいさつのできる子でね。年下のうちの娘とよく遊んでくれたよ」。近くの住民は少年を覚えている。休日にはよく、家族3人で楽しそうに出かけていた。

 高校を卒業し、ここで再び家族一緒に暮らす日が来るのを信じていたに違いない。「6年後に戻ってくるから」。引っ越す直前、少年は小学校の担任に笑顔を見せていた。【井上英介】=つづく

 ◇離婚説明せぬ傾向

 厚生労働省の統計では、人口1000人当たりの離婚件数は90年以降伸び続けたが02年減少に転じ、06年2.04件。日本では離婚の際、引き取った親が子に事情を説明しない傾向が強いと指摘される。欧米では、こうした親の姿勢は、子どもに対する情緒面での虐待だとして「片親引き離し症候群」という言葉もある。

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毎日新聞 2007年1月10日 東京朝刊