夏祭り
今、私の住んでいる街では夏祭りが行われている。もともとは、戦の神様だという比較的大きな神社には、私も幼い頃お宮参りや七五三で参拝した。ここのお祭りの目玉は、重さ1tもあるという、孔雀(男神輿)と玉(女神輿)である。

3日間行われるお祭りでは、はじめは近隣の町内会のお神輿が30基近く町を延々と練り歩く。首都圏のJRの駅前を、そんな数のお神輿が練り歩くのだ。そして、炎天下にもかかわらず、皆そのお神輿の後にぞろぞろとついて回るのだから、交通規制も大変だ。

そして3日目には、孔雀と玉神輿が、それぞれ、平行して走る道を通り、最後に合流して神社へ帰る。そのために、何日も前から大神輿が通るルートには張り紙がされ、街中が駐車禁止になるのはずなのだが・・・。必ず約束を守らないやつはいるものだ。しかし、約束を守らないやつには、神の天罰が下る。いつもは商いの町で、駐車違反などざらなのだが、この日ばかりは勝手が違う。お神輿は神様なのだ。1tもある神様が、街のありとあらゆる裏路地まで練り歩くのだ。

子供の頃のことだが、狭い裏路地に、我が物顔で停まっていた見るからに高級そうな外車の上を、お神輿がズカズカと通って行き、車は見るも無残にボコボコになってしまった。
しかし誰もが、「神様が通ったんだから仕方が無い」と平気な顔をしていたのをみて、子供心に「神様ってすごいんだな〜」と漠然と感動したした覚えがある。

どこの町内会のお神輿も、戦前から受け継がれて来た物で、大きくて立派だった。私はどうにかもぐりこんで担がせてもらおうとしたが、戦の神様のお祭りなので、毎年神輿が荒れるので、「女に担げるもんか!」とか、「俺と腕相撲をして勝ったら触らせてやってもいい」なっどと言われて、門前払いばかりだった。ただ、学生時代に一度だけ、腰を悪くした親父の代わりに、ほんの数m担がせてもらったことがある。そのときは、ようやく一人前に認めてもらえたような気がして、涙が出るほどうれしかった覚えがある。しかし、その後結婚して、しばらくそんな夏の喧騒からも遠ざかってしまっていた。

ところが先日、そのお祭りが行われる神社のすぐ近くに職場がある夫が、急に「子供達を連れて祭りに行かないか?」と言い出した。
お祭りは、土日に関係なく毎年日にちが決まっている。夫が行こうといった日は平日だった。あまり人ごみが得意でない夫が、仕事の帰りに一緒に駅前で合流して、お祭りに行こうと言い出したのだ。結婚して15年になるが、こんなこと初めてのことだった。早速、子供たちと、たまたま夏休みを取っていたという弟の家にも連絡をし、姪っ子も連れてお祭りに繰り出した。

神社の沿道から立ち並んだ夜店は、裸電球が煌々とつき、威勢の声で呼び込みをしている。子供たちはその声につられて立ち止まってしまう。「だめよ、お祭りに来たんだから、まずはお参りをしなくては!」と私が急かすと、お好み焼きやイカ焼きの匂いに後ろ髪を引かれながら、子供たちはしぶしぶ歩き出す。

境内に入ると、夜店はぎっしりと軒を連ね、迷路のようになっている。ものすごい人ごみで、歩く事も立ち止まっている事もできない感じで、子供たちは少し戸惑っているようだった。しかし、下町育ちの私にはこの人いきれがとても懐かしかった。

人ごみに消えていく背中が一瞬、亡くなった父に見えた。「お祭りが好きだった父も、もしかしたら来ているのかもしれないな」ふとそんなことが頭をよぎった。