トルコ回遊録�D
「模擬結婚式」
at 2007 07/31 08:45 編集

> -カッパドキア-


民族舞踊で結婚式の準備をする場面。

めでたく一組の男女が結ばれ、それぞれ結婚式に望む準備をしている光景。

椅子に座った女性は花嫁で、周りの女性が彼女のメーキャップやベールを被せるのを手伝っている。

一方男性は、顔に石鹸を塗られ、髭を剃られている。

これは舞踊の中の一場面だが、恐らく此処カッパドキア地方では、今でも同じような光景が、実際の結婚式でも繰り広げられているのだろう。

エジプトのギザのホテルでは、現実の結婚式の披露宴に遭遇したものだが、それは実に賑やかな物であった。

この模擬結婚式の場面を見ていて、ふとそんな事を思い出したものである。

マイクの傍で膝の上に乗せて演奏している弦楽器は、今まで私が見た事の無い、不思議な音の出るトルコ独特の楽器であった。



「街角」
at 2007 07/30 09:24 編集

> -カッパドキア-


ギョレメの谷の街の入り口の光景。

街角と言っても我々の住む街とは大分様子が異なる。

信号も無ければ車道と歩道の区別も無い。
未だに荷馬車と車が行き来するのを避けて人間が歩くのだ。

此処では夜明けと共に人が動き出す気配は余り無い。
時がのんびりと過ぎているようである。

地下都市の名残なのか、あちこちに地下に通ずるようなトンネルの入口がたくさん有る。

自然の奇岩と住居が共生している、不思議な街のたたずまいでは有る。



「おとぎの街」
at 2007 07/29 05:57 編集

> -カッパドキア-


たくさんの熱気球がギョレメの谷の街から飛び立つ風景。

まるでお伽の国の光景のようである。
13世紀の昔から存在するこの街は、今でもその原型を留めているいる場所が多い。

今夜の「世界不思議発見」のテレビは、此処カッパドキア地方の奇岩の中に息付く街の光景の特集のようである。

私の知らない、様々な不思議がまだ有るのかと思うと、見逃す訳には行かない。

此処に住む人たちは、現代文明の中に住む我々とはかなり違った生活を余儀なくされているに違いない。

しかし彼等にとっては、どんな文明社会に身を置こうが、この風景が忘れる事の出来ない心の中に焼き付いた故郷であり、光景なのであろう。

それが故郷の味であり、匂いであると言っても過言ではないだろう。

場所は違っても、日本に住む我々の誰にでも、そんな故郷の光景は有る筈である。



「黎明の空へ」
at 2007 07/28 11:31 編集

> -カッパドキア-


まだ明けやらぬ空へ悠然と飛び去っていく熱気球。

ギョレメの谷は不思議な所である。
谷の下の方に街が開け、その街を取り囲むように、たくさんのとんがり岩や、キノコのような形をした岩が林立している。

しかし私の佇んでいる高所より更に上には、台地が有り平地となって一面見渡す限りの農地が開けているのだ。

我々の住む日本の地形の大半は、平地の先に山などが聳えているが、ギョレメではそれが逆である。

まるで開けた地下都市の上に平地が有るといった具合だ。
これも自然の作り出した、不思議な光景なのである。

農地を耕すために、谷の町から高所の台地に出掛けるのは大変な労力であろう。

気球の上からは、そんな不思議な光景を一望出来るから、さぞ見応えのあることであろう。



「にょっきりと」
at 2007 07/27 06:12 編集

> -カッパドキア-


岩陰から巨大な姿を現した熱気球。

これは気球が飛び立とうとしている光景ではない。

ギョレメの谷から飛んで来た気球が、高所に有る住宅の先に、顔を出したところなのだ。

住宅の先は深い谷になっていて、その間を縫って気球は上昇して来たのだ。

写真で見ると、家や岩の先が平らになっていて、そこから気球が昇ろうとしている様に見えるから面白い。

たくさん有る気球がみなそれぞれ違うルートで飛んでくるから、矢張り大まかな飛行ルートは有るものの、風任せのところが多いのだろうか。



「負けずにチャレンジ」
at 2007 07/26 05:50 編集

> -カッパドキア-


ベリーダンサーに指名され、負けずに踊る男性の姿。

このアイリッシュ系の男性の掛け合いダンスは実に見事であった。

決して彼女に引けを取らないくらい、上手く相手に合わせて踊る姿に、観衆は惜しみない拍手を送っていた。

多分アイリッシュ・ダンスの経験が有るのだろう。
巧みに彼女をエスケーとし、手を叩き、足を踏み鳴らしながら踊る動作はとても素人とは思えなかった。

世の中には飛び入りでも、それぞれの場面に実に上手く適合出来る人が居るものだと、つくづく感心した。

ダンサー自身も終わった後は、彼に盛んに拍手を送っていたものである。



「朝靄の中を」
at 2007 07/25 11:06 編集

> -カッパドキア-


ギョレメの谷の奇岩を縫って飛来する熱気球達の光景。

朝靄を突いて、次々に姿を現してくる気球の光景を見ていると、自然を巧みに愛でるための人間の英知に感動を覚える。

自然と人間の共存の有り方は、こんな光景の中にも存在しているような気がする。

まるでシャボン玉のように、ふわりふわりと飛び交うこれらの気球は、シンプルな茶褐色の奇岩群に、彩を添える心地良い添加物のようである。



「飛来�B」
at 2007 07/24 04:52 編集

> -カッパドキア-


そして熱気球は飛び去って行った。

私の居る頭上を過ぎ、巨大な気球は前方の岩陰へと悠々と移動して行きやがて見えなくなった。

まるで岩山に着陸したかのような錯覚を覚える光景である。

黒い気体が朝早い空に異様な陰影を残し、不気味ささえ感じさせるようである。

他の気球がカラフルなのに比べ、黒一色の気体は見るものに圧力を与える。

敗戦の色濃い終戦間際の日本は、窮余の一策で風船爆弾なるものを考案し、気球に爆弾を搭載し、偏西風に乗せてアメリカ本土を爆撃しようと試みた事があるようだ。

実際その内の何機かはアメリカに到達したとの事であるが、実害は無かったようだ。

この巨大な黒い機体を見ていると、そんなあらぬ事を思い起こしたものである。



「ベリーダンス�A」
at 2007 07/23 09:23 編集

> -カッパドキア-


激しく踊るベリーダンサーの姿。

スローシャッターで、目まぐるしく躍動するダンサーの動きを追ってみた。

暗いフロアーの中で踊る彼女の姿を、ファインダーを覗きながら追い掛けるのは結構難しいものである。

ビデオカメラのデジカメ機能だから、ストロボとスローシャッターの併用は不可なので、ストロボを発光せずに撮ったものである。

ダンサーは、決して若くは無かったが、日頃の踊りで鍛えられた四肢は、無駄が無く美しかった。

流れるような長い髪が、踊りに一層の躍動感を与えているようである。



「飛来�A」
at 2007 07/22 03:18 編集

> -カッパドキア-


熱気球が私の居る頭上を通り過ぎる光景。

更に気球は私の上に近付き、乗客の全員が私を見下ろしている。

草木の無い白い岩山の先端にカメラを構えている私の姿は、はっきりと彼らにも認識出来るのだろう。

下から上を長く見上げていると首が痛くなるほどである。

それにしても私の上に覆いかぶさるように感じる気球の大きさは半端ではない。

こうして凝視していると、このバーナーの炎が気球に引火したら、大変な事になるのではないかと、改めて気になったものである。




「特別出演」
at 2007 07/21 06:04 編集

> -カッパドキア-


観客席の中から、舞台に引っ張り出された観光客の女性。

こういう場面になると、どうしても日本の観光客は引っ込み思案になるようだ。

その点欧米人は指名されると遠慮せずに舞台に出て行く人間が多いように思える。

一緒にショーを楽しむ習慣があるようだし、自己主張が強いとも言える。

私も最前列の席に居たので、ベリーダンスの時に、ダンサーからお声が掛かったが、流石に複視ではフロアーに出ても、足元が心もとないので断った。

案の定東南アジア系の中年男性が、フロアーで私の替わりにダンサーと一緒に踊ったが、見事にこけてひっくかえり、腕を打ってしまったようだ。

その模様は改めてページで紹介しよう。



「飛来」
at 2007 07/20 09:39 編集

> -カッパドキア-


頭上を飛んでいく熱気球の光景。

気球の一つが急接近して来て、私の居る岩山の先端をかすめて行った。

はっきりと一人顔などが見える。
私が写真を撮り終えて手を振ったら、何人かがそれに応えてエールの交換をした。

異国人同士でも、こうした旅をする仲間はボディランゲージで心を通わせる事が出来るのであろう。

バーナーから火炎を吹き出す音が凄いのには驚いたものだ。

乗っている乗客達よりも、下に居る私の方が、岩山に音が反響して大きく聞こえるのではないかと思ったくらいである。



「悠々と」
at 2007 07/18 09:39 編集

> -カッパドキア-


炎を上げながら悠然と飛行を続ける熱気球の姿。

ギョレメの谷の、奇岩の間を通り抜け、高台にある平地にそって気球は飛び去っていった。

不思議に思ったのは、バーナーから吹き出す炎の調整で気球の高低は調節できても、プロペラが無いから、どうして運行経路を決める事が出来るのかという事である。

風任せでは、元来た場所に戻る事は不可能のようだが、何か仕掛けが有るのだろうか。

ロープ付きの気球にはカンボジアのアンコールワットで乗ったが、熱気球はまだ未体験の私には、その辺の構造が分からないのである。

昨日また新潟中越沖地震で大きな被害が出た、被災した方々に心からのお見舞を申し上げる次第である。

トルコもまた日本に負けない地震国。
その昔、栄華を誇ったヒエラポリスの街は、地震によって消滅したのである。



「民族舞踊�H」
at 2007 07/17 05:40 編集

> -カッパドキア-


観客の前でひざまずいて挨拶をする踊り手。

これはこれから隣に居る女性にスカーフを渡して求婚するので応援よろしくお願いしますという、挨拶らしい。

他愛も無いストーリーだが、むしろ分かりやすくて良いのだろう。
踊りが主体だから、楽しければそれで良い。

男性の着ているワイシャツはキラキラ光っているが、これはシルクなのだろうか。

私も一度アメリカで、シルクのワイシャツを買おうと思った時が有ったが、恐らく着るチャンスが無いだろうと思い止めた事がある。

公式のパーティなどで着るには良いのだろうが、矢張りこれを着るには勇気が必要のようである。
それにしても靴下といい、靴といい何と派手な事か。

余計な事を考えながら、彼の仕草を見ていたものである。



「スリル満点」
at 2007 07/16 04:56 編集

> -カッパドキア-


とんがり岩すれすれに飛来する熱気球の光景。

この岩の陰から気球が姿を現した時、岩にぶつかるのではないかと、他人事ながらどきどきしたものである。

乗客もタイタニックではないが、目の前に大きな岩山が迫ってきたのには、はらはらしたのではないだろうか。

後で聞いた話だが、時々この熱気球の事故は有るのだという。
逆にだからこそスリルを求めて、人はこれに乗りたがるのかもしれない。

果たしてこれらの乗客には救命胴衣や、非常時の対処法は説明されているのだろうか。

私がハワイ島コナで小さなヘリコプターに乗って、2時間のフライトを楽しんだ時も、ヘリコプターがキラウェア火山の噴火口の中に入って行った時は、熱いし硫黄の匂いが立ち込めて、胸が苦しくなったものである。

安全対策は、日本に比べ海外の方が、大まかのようである。
だから、逆に冒険心を駆り立てられるのかもしれない。



「熱気球」
at 2007 07/14 22:05 編集

> -カッパドキア-


突然岩山の後ろから現われた熱気球。

前のギョレメの谷の街を眺めていたら、横の岩山の影からゴーっというバーナーの音が聞こえ、霧に霞む空に、別の気球が現われた。

この岩山の頂上は、草木の生えない坊主岩である。
まるで軽石のようなざらざらした感じだ。

正面に見えるとんがり岩は、硬い岩のようであり、人が住む事が出来そうだが、こちらの岩山は岩が柔らかそうであり、風化が早そうである。

私が居る岩の先端からは360度、様々な変化に富んだ光景を見渡す事が出来、興味津々であった。



「民族舞踊�H」
at 2007 07/13 05:14 編集

> -カッパドキア-


ペアの男女が踊る喜びの踊り。

それぞれのカップルが、観客の前に来て挨拶をし踊りだす。

ひとしきり踊った後、左回りで次のカップルがやってくるという具合だ。

我々の前に最初に来たのは若いカップルで、女性の仕草がしおらしかった。

踊りによって着ている衣装も時々変わり、この時は男女とも赤い靴を履いていた。

女性の赤い靴は似合うが、男性は矢張り長靴の革靴の方が勇壮で似合うなと思ったものだ。



「妖精の村�Q」
at 2007 07/12 05:54 編集

> -カッパドキア-


ギョレメの谷の遠景。

朝が明けたばかりの、ひんやりとした空気が谷の街に漂っている。

岩山だらけの私の周囲からは、鳥の声さえ聞こえない静けさである。
自分の歩く靴音さえ、周囲の静寂に掻き消されるようだ。

手前に積まれた岩は何のためなのであろうか。

まるで遺跡の廃墟を眺めるようであるが、これは自分の家の境界を示す囲いなのであろうか。

此処は我々の住む世界とはまったく異次元の世界であることを、肌で感じる事の出来る空間であった。




「民族舞踊�F」
at 2007 07/11 04:50 編集

> -カッパドキア-


総員出場の踊りの光景。

トルコ独特のこの女性の衣装は、中東の匂いがして何とも可愛らしい。

最初は顔に薄いベールを着けて登場するが、踊りが佳境に入ると外すのだ。

夜目遠目傘の内、では無いが、阿波踊りなどもでそうであるが、女性が編み笠やベールを着けると、神秘的な美しさが強調されるようである。

大きな太鼓を持った小さな髭の伯父さん、精力的に太鼓を叩きながら踊り手の間を演奏し続けていた。

右の方に見えるもやもやは、私の灰皿に置いた煙草の煙である。
まだトルコ旅行の時は、ラグナ梗塞である事を知らず、盛んに煙草を吸い続けていたのである。



「妖精の村�P」
at 2007 07/10 09:10 編集

> -カッパドキア-


奇岩の間を悠々と飛んでいく熱気球。

ローズバレーを背景に巨大な気球が飛んで来る。
これだけのたくさんの人間を乗せる事が出来るのだから、大きさも半端ではない。

余り風が無いとは言え、上下だけのコントロールで後は風任せ。

とんがり岩の先端にでも触れたら大変な事になるのではないかと、はらはらしながら見守っていたが、実に巧みに岩の間を縫って行った。

だからあらかじめ予約しておいても、風が強い日は飛翔中止になるのだという。

気球の上から見る下界の様子はどんな光景なのだろうと、乗っている人たちを羨んだものである。



「ベリーダンス」
at 2007 07/09 07:14 編集

> -カッパドキア-


民族舞踊の後登場したベリーダンサーの踊り。

洞窟劇場の中をたった一人で所狭しと踊り続けるエネルギッシュなベリーダンスの模様。

今では健康に良いと、世界中で踊られるようになったベリーダンスにも、歴史が有るようだ。

トルコに限らず、このベリーダンスは中東の国では何処でも踊られている。
今では戦火が耐えないバクダッドでも、昔はアラビアン・ナイトで知られるように、何時の日かこんなハーレムに身を置きたいものだと夢見たものである。

しかしガイドのアルズさん曰く、ベリーダンサーには嘗ては貧しい女性がなり、踊りの後は指名した男性と一夜を共にする悲しい歴史が有ったのだという。

日本の歌舞伎もその昔、出雲の阿国が歌舞伎踊りを川原で始め、それが今では國舞となったのと同じだろう。

現代ではその逆で、自分の美貌と踊りを自信を持って披露する踊りとなり、若い女性の憧れる仕事の一つになったのだという。




「妖精の村�O」
at 2007 07/08 09:50 編集

> -カッパドキア-


熱気球の一つが私の居る岩山の近くまでやって来た。

しーんと静まり返った周囲に、ゴーっというバーナーから吹き出す火炎の音がこだまする。

ゴンドラに乗った人々が私より下に見える。
ある人は手を振っていた。
乗客は全て欧米人のようだ。

この時私はビデオカメラしか持っていなかったので、スイッチを切り替えてデジカメにして撮った一枚である。

朝の薄暗い中でのズームアップで、多少のブレが出たのが残念だが、迫力有る雰囲気は出たように思う。

気球が岩にぶつかるのではないかと、はらはらしたものである。



「妖精の村�O」
at 2007 07/08 09:50 編集

> -カッパドキア-


熱気球の一つが私の居る岩山の近くまでやって来た。

しーんと静まり返った周囲に、ゴーっというバーナーから吹き出す火炎の音がこだまする。

ゴンドラに乗った人々が私より下に見える。
ある人は手を振っていた。
乗客は全て欧米人のようだ。

この時私はビデオカメラしか持っていなかったので、スイッチを切り替えてデジカメにして撮った一枚である。

朝の薄暗い中でのズームアップで、多少のブレが出たのが残念だが、迫力有る雰囲気は出たように思う。

気球が岩にぶつかるのではないかと、はらはらしたものである。



「民族舞踊�E」
at 2007 07/07 05:33 編集

> -カッパドキア-


全員が蝋燭を持って踊る、蝋燭の踊り。

一瞬場内のライトが全て消され、真っ暗になる。
やがてイスラム圏独特の奇声が沸き起こり、蝋燭を持った踊り手が入場する。

蝋燭の明かりだけが蛍のように飛び交い、幻想的な雰囲気が広がる。

これは大体の見当を付けて、ストロボを発光させて撮った中の一枚である。
だから写真を見てこんな格好で踊っていたのだと気付くのである。

ビデオには蝋燭の光跡しか残っていなかった。
ビデオライトを点けて撮影したのでは踊り手たちに迷惑だと思い遠慮したからだ。

蝋が手に垂れたら熱いのではないかと余計なことを心配した。



「妖精の村�N」
at 2007 07/06 06:54 編集

> -カッパドキア-


再びギョレメの谷の朝の光景。

背景にローズバレーを控え、奇岩の間から姿を現した熱気球。

私は歩いて左の岩の先端まで行ってこの街の光景を眺めていた。
相棒は更に山の上まで登っていって、電波塔の付近から、下界を眺めたという。

山登りがあまり得意で無い私は、早朝でもあるしとてもそんな元気は無かった。

周りは静まり返っていて、時々熱気球の炎を吹き出すバーナーの音が聞こえるだけであった。

こんな異次元の世界で、一人佇んでいると、何処か違う世界にタイムスリップしているかのような、不思議な感覚に襲われたものであった。



「天井」
at 2007 07/05 05:44 編集

> -カッパドキア-


宿泊した洞窟ホテルの天井。

ベットに横たわるとこんな光景が出現する。

スタンドのライトとベットの上にあるライトだけの照明で撮ったものだが、寝る時はこれらも消して入口脇に有る洗面所の明かりだけにして就寝した。

実に寝心地が良く、ぐっすり安眠出来たものである。
朝はカーテンの隙間から差し込む薄明かりで目が覚めたのを覚えている。

何処のホテルでも大概天井は白と決まっているが、そうでないのが良いのだろう。

そう言えば、高速道路のトンネル内の照明が、オレンジ色が多いのは、目に負担が少ないためだと聞いた事が有るが、そんな効果も安眠に役立ったのかもしれない。



「民族舞踊�D」
at 2007 07/04 09:12 編集

> -カッパドキア-


男性が踊る激しい民族舞踊の光景。

まるでダッタン人の踊りのようである。

靴を踏み鳴らし、横に一列になったり輪になったり、腰を落としたまま足を交互に前に出したりしながら、目まぐるしく太鼓の音に合わせて踊り続ける。

汗がほとばしり、そばに来ると飛び散るようだ。
若者に混じり、中年男性のダンサーも一緒に踊っているが、良く体力が続く物だと感心する。

こういうシーンは一枚写真よりも、ビデオの方が臨場感があり、迫力が有る。

女性の優雅な踊りも良いが、男性の休み無く踊り続けるこんな踊りも見応えが有るものだと思いながら、見続けたものである。



「妖精の村�M」
at 2007 07/03 10:19 編集

> -カッパドキア-


再びギョレメの谷の朝の光景。

観光用の熱気球が次々と離陸して行った。
上空から見るカッパドキアの景観はさぞ見応えの有るものであろう。

私も気球に合わせて、更に此処から高い山の上へと登っていった。

気球たちは奇岩の間を縫って、私の居る直ぐ近くの上空までやってくる。
バーナーによる上下だけの操縦でかなり技術を要するのではないかと、下から見ていてはらはらする光景である。

真上まで来るとゴンドラに乗っている人の顔まで見ることが出来、盛んに我々に手を振っている。

ほとんどの乗客は欧米人であった。
やがてそれらの光景も、お見せ出来る事と思う。

此処カッパドキアで気球に乗れなかったのが、唯一残念な事であった。



「照明」
at 2007 07/02 07:04 編集

> -カッパドキア-


洞窟ホテルの部屋の照明スタンド。

そろそろ就寝の時間と思い周りの電気を消したら、こんな光景が浮かび上がった。

岩の壁や天井に光が踊り、幻想的な雰囲気なので、一枚撮ってみた。

もう十年以上も前になるが、我が家の居間にも同じような電気スタンドが有った。

蛍光灯の光と違い、このタングステン光の明かりは心を落ち着かせ、読書などをするのにはお誂え向きだった。

今では夜でも昼間のように明るい天井ライトになってしまい、柔らかい光のスタンドが懐かしく思えたものである。



「素敵な椅子」
at 2007 07/01 10:24 編集

> -カッパドキア-


洞窟ホテルの部屋に置かれているアンティークな椅子。

この椅子は机の前に貼られている鏡とペアーになっている。

決して広く豪華な部屋ではないが、これらの家具や調度品が如何にもトルコらしく、手が込んでいて可愛らしい。

一枚の板で作られた座席には、貝が埋め込まれていて綺麗に細工が施されている。

ソファーのクッションも同一ではなく、カラフルである。

たった一夜の宿ではあったが、巨大なホテルに泊まりなれている我々には、手作り感覚のこの部屋が、却って新鮮な感じに思われたものである。