2007 09/28 10:04
Category : 日記
「ホテルからの眺め�C」
at 2007 09/28 09:29 編集
> -アンカラ-
部屋から眺めるアンカラの街の夜景。
丘の斜面に沿って建ち並ぶ家々の灯りは、正に幻想的である。
夜景は昼間の街の汚れを隠して、星空のような綺麗な部分だけを現してくれるからなのだろう。
あちこちのモスクから、今日一日の無事をアラーの神に感謝するための、最後のコーランの祈りが響いてくる。
異国情緒たっぷりのアザーンの祈り声と共に、夜は深けて行った。
「ホテルからの眺め�B」
at 2007 09/27 06:57 編集
> -アンカラ-
部屋から眺めるホテル右側の光景。
我々の部屋はホテルの入口とは反対側に位置しているから、街の裏側の様子が良く分かる。
丘の上の断崖の頂上には城が有り、トルコ国旗がたなびいている。
国の象徴である国旗を至る所で見掛けるのも、自分の国に誇りを持っている証拠だろう。
同じ光景をアメリカでも良く見掛けるのだ。
日本では最近は国旗が掲げられているのは、警察署くらいになってしまったようである。
嘗ては国の祝日にはたくさんの国旗掲揚が見られたが、それが最近はほとんど見られなくなってしまったのは、国家に対する物の見方が変わってしまったからだろうか。
最近は君が代斉唱も云々される時代、何だか段々変な国になりつつあるようである。
「店先」
at 2007 09/26 09:50 編集
> -アンカラ-
ホテル前の街路を散策した時の光景。
こんな店がずっと続いていた。
雑貨屋のようだが、実にさまざまな物が売られている。
店内のカウンターには店主らしき男が店番をしているが、中に入らずウィンドショッピングを楽しんだ。
コンビニでトルコウィスキーと地酒を買い込んでホテルで試飲したが、地酒の方はやたらと強く、不思議な味がするので飲み切れず、自宅まで持って帰る羽目になってしまった。
国によって実に様々な地酒が有るものだと感心したものである。
「ホテル前」
at 2007 09/25 11:18 編集
> -アンカラ-
我々がアンカラで宿泊したホテル玄関前の光景。
街の中心部に有るこの4つ星のホテルは、かなり名の知れたホテルのようである。
昨日掲載した腕白坊主達は、この道を行った歩道で遊んでいたのだ。
此処を10分位歩いた右側にはスラム街が有り、ガイドからはそこには立ち入らないようにと指示されていた。
何処の国にも、街の繁栄とは裏腹の影の部分が存在するようである。
日本も貧富の差、都市部と地方の格差が拡大されつつあるようだが、新政府の力で、格差是正が図れない物だろうか。
新内閣に期待したい所だが、ちょっと実現は難しいような気がする。
「腕白坊主達�A」
at 2007 09/24 15:13 編集
> -アンカラ-
店の前に座り込んでおどけてみせる腕白少年たち。
この三人の少年は、何時も群れて遊ぶ仲良し仲間のようである。
左の少年はエアーギターの真似をしているようだが、あとの二人は何をしているのか。
全くの他人に、何の屈託も警戒心も無く、こうして自分たちをアピール出来る姿は、日本ではほとんど見られなくなったようでちょっと寂しい感じがする。
この後彼等はこの店の中に入っていったが、食事をするのでなく、店の親父や店員と賑やかに喋っていた。
大人と子供の接点は、こんな姿が自然なのだろうと痛感したものである。
「腕白坊主達」
at 2007 09/23 09:58 編集
> -アンカラ-
アンカラのホテル周辺を散策した時のスナップ。
街を歩いていたら、この少年達が我々を追い抜いたり、立ち止まったりして、盛んに愛嬌を振りまいていた。
どうやらこの近くに住む腕白坊主たちらしく、街路脇の店の親父や、主婦達に声を掛けたり掛けられたり、他愛のない事で、飛び回っている。
私の所にやって来て、写真を撮ってくれと手振り身振りで要求するので撮った写真がこれ。
更に彼等の行動はエスカレートした状況は明日載せる事としよう。
何も無い彼等だが、本来の子供の腕白振りを見るようで、私の昔を思い出したものである。
「ホテルからの眺め�A」
at 2007 09/22 10:46 編集
> -アンカラ-
アンカラのホテルから望遠する街の光景第二弾。
前回は夕日に映える街の様子をズームアップして載せたが、今回は日没後の街をカメラを引いて載せてみた。
ホテルは街の繁華街の通りに面した所に有り、部屋から街の様子が手に取るように分かる。
路地にたむろす人影などが興味深い。
「ホテルからの眺め」
at 2007 09/21 11:35 編集
> -アンカラ-
アンカラのホテルから望遠する街の光景。
ホテルに到着したのは、日没前の夕日が映える時刻であった。
ホテルは街の繁華街の通りに面した所に有り、部屋から街の様子が手に取るように分かる。
夕日を浴びて街が燃えるように赤く染まっていた。
流石に大都市だけ有って、丘の斜面に沿って住宅が密集している。
矢張り赤瓦屋根の家が多いのはお国柄なのであろう。
こうした家並みを眺めていると、日本とはかなり異質な国なのだという事が、実感出来るのではないだろうか。
「広場」
at 2007 09/20 16:46 編集
> -アンカラ-
アンカラの中心にある広場の光景。
アンカラのほぼ中心に位置するアタチュルク広場の交差点の所に有る銅像。
流石に中心街だけあって、行き交う人も多く、サラリーマンらしき人も見受けられる。
それらの人を見下ろすかの如く、アタチュルクの銅像が立っているが、なにやら下に居る兵士の像がユーモラスで、笑いが込み上げて来る。
敵の状況を観察している様子なのだろうが、ちょっとへっぴり腰で強そうに見えない。
却ってそれが人の目を引き良いのかも知れないが…
「アンカラ駅」
at 2007 09/19 10:23 編集
> -アンカラ-
車窓から見るアンカラ駅の光景。
流石トルコの首都の主要駅だけあって堂々たる造りである。
日本で言えば、東京駅みたいなものであろう。
しかし東京のように、ごみごみした感じは無く、何となくのんびりとした感じがする。
客待ちのタクシーが並んでいる所は、何処の国も同じだが、昼間にも拘らず、人影はまばらである。
アンカラからイスタンブールまで、「走る一流ホテル」と呼ばれるアンカラ・エクスプレスの夜行列車が有るという。
458キロを9時間掛けて走るのそうだが、機会があれば一度乗ってみたいものだと思ったものである。
「マンションラッシュ」
at 2007 09/18 14:37 編集
> -アンカラ-
アンカラへ向かう途中の車窓風景。
トルコの首都ともなると、流石に何処の発展途上国もそうであるが、郊外にマンションラッシュが続いているようだ。
その有様は、まるで現在の中国を見ているようである。
古い一戸建ての家が取り壊され、そこに大型のマンションが建設される。
国の発展のためには止むを得ないのだろうが、歴史遺産の多い国だけに、せめて古代遺跡の有る地方だけは、こんな光景にしないで欲しいものである。
「アンカラへ」
at 2007 09/17 10:44 編集
> -アンカラ-
アンカラへ向かう途中の車窓風景。
トルコの首都であるアンカラに近付き、車窓も一変してきた。
流石に首都だけあって、新しい住宅が、郊外に続々と建設されつつある。
現地ガイドのアルズさんの家族は此処に住んでいるとの事で、アンカラに一行が着いた時は、ホテルに泊まらず、自宅に戻って家族と一夜を共にするのだと喜んでいた。
トルコの首都はどんな所なのだろうか。
ツアーではカッパドキアから、アンカラまで鉄道で行くルートもあると言うが、我々は7時間のバスの旅であった。
「旅友」
at 2007 09/16 10:38 編集
> -アナトリア地方-
トルコ絨毯の店で知り合ったこの店の若者。
彼の名をムスタファ君と言う。
私がこのトルコ絨毯製造販売所の様子をテレビで見た事が有るような気がすると、トルコ・ティを運んでくれた店員に言ったら、その通りだと言って紹介してくれたのが彼である。
民放で土曜日の朝やっている「旅サラダ」で女優の田中美奈子さんが此処を訪れた模様を、旅の直前に見て私が覚えていたのだ。
その時、この店を彼女に案内して歩いたのが、このムスタファ君なのだ。
君の顔を覚えているよと言ったら、とても喜んで会話が弾み、2人で仲良くツーショットの記念撮影となった。
彼は我々がバスに乗ってこの場を離れるまで、盛んに手を振って送ってくれた。
日本の皆さんに宜しくと、何時もにこにこと話す気の良い若者であった。
「逸品」
at 2007 09/15 09:21 編集
> -アナトリア地方-
私が気に入ったシルク織りの壁掛け絨毯。
此処は大手のトルコ絨毯製造販売元だ。
この作品を見せられた時、最後まで買おうかどうしようか迷った商品である。
昔のイスタンブールの状況が、実に細かなタッチで織られている。
スルタン(国王)が自分の居城から、ボスフォラス海峡を眺めている光景などがすばらしい。
この絨毯裏側にひっくり返しても、同じ図柄の色が変わって、海の青色がもっと鮮やかに出る。
15万円というのを送料込みで8万まで値切ったが、私の指値の5万円までにならなかったので、断念した。
残念ながら、こうして写真で眺めている次第である。
「展示即売会」
at 2007 09/14 09:29 編集
> -アナトリア地方-
トルコ絨毯のデモンストレーションの光景。
此処は大手のトルコ絨毯製造販売元だ。
こうして来店者を一堂に集め、様々な絨毯を広げて、織り方や品質の違いを説明していく。
下に敷いてあるのは比較的価格の安い物。
今店員が広げているのは、絹の絨毯であり、光沢があるので見る角度によって様々に色が変化する。
これは目が飛び出るほど高価であり、我々庶民には高嶺の花である。
しかしどの絨毯も、本物は一生使用でき、孫子の代まで、長持ちがするのだという。
左で熱心に見学していたSさんも、値切りに値切って、別の絨毯を購入したが、それでも高価な買い物であった。
「作品」
at 2007 09/13 09:02 編集
> -アナトリア地方-
階段の登り口に置かれていたトルコ絨毯の作品。
此処は大手のトルコ絨毯製造販売元だ。
額縁に入ったこの絵が、絨毯を織った物だとは驚いた。
単なる敷物としてだけではなく、精巧に織られた絨毯は、こうして絵のように額縁に入れて観賞用としても使用出来る。
事実私の相棒は、絹で織った高価な絨毯を観賞用として購入し、今でも居間に飾ってある。
敷物の絨毯と違い、これらの観賞用絨毯は完成するまでに、かなりの日数を要すると言う。
値段が驚くほど高いのは止むを得ない事なのだろう。
「紡ぐひと�B」
at 2007 09/12 13:09 編集
> -アナトリア地方-
繭から糸を紡ぎだす作業の様子。
此処は大手のトルコ絨毯製造販売元だ。
繭を熱湯で煮て、そこから絹糸を手繰って巻き取る一連の作業が手に取るように分かる。
昔は日本の岡谷などにも、巨大な製糸工場が有ったが、実際にこうして実演して見せてもらうと、実に興味深い。
たった一個の繭が、蚕から吐き出す糸によって、途切れる事無く手繰り寄せられる事が驚異である。
しかもその糸の太さは、どれも均一で、絹糸として高級な人間の衣服や、絨毯として織られるのだから、不思議である。
「紡ぐひと」
at 2007 09/10 09:08 編集
> -アナトリア地方-
トルコ絨毯を紡ぐ女性の姿。
此処は大手のトルコ絨毯製造販売元だ。
たくさんの女性たちが図柄を見ながら絨毯を織っていく。
かなりの年期が入らないと、このように一人で図柄を見ながら織るのは難しいと言う。
こうして朝から晩まで折り続けて、一枚の絨毯が仕上がるまでには1〜3ヶ月掛かると言うから、根気の要る作業である。
私がカメラを向けたら、彼女はそれに応えてくれた。
「雲のある風景」
at 2007 09/06 09:38 編集
> -カッパドキア-
青い空に沢山の千切れ雲が映えて綺麗だった。
塩湖の反対側はなだらかな丘陵になっている。
海ではないが、砂浜は所々白く、岩塩が含まれている。
我々の乗ってきたバスが一台ぽつんと点景で置かれているが、此処にはあまり寄る人が居ないのだろうか。
観光客の居ないビューポイントも、のどかで良いものだと思った。
「塩湖」
at 2007 09/05 06:14 編集
> -カッパドキア-
見渡す限りの塩の濃度が高い塩湖の光景。
トルコの首都アンカラに向かう途中に有るこの塩湖は、岩塩が湖に流れ出て、死海と同じ濃度の塩が含まれており、人間が沈まないのだと言う。
私もちょっとこの湖の水を舐めてみたが、とても辛い。
トルコの塩のほとんどは此処で製造されるのだというので、お土産に買ってきた。
ミネラル分をたくさん含んでいて、体に良いのだとの説明であった。
トルコには自然が作り出したこんな場所もあるのだ。
「車窓から」
at 2007 09/03 15:40 編集
> -カッパドキア-
バスの窓から眺めた川の有る寸景。
まるで絵に描いたような光景である。
塩湖に向かう途中で眺めた景色だが、トルコの中部アナトリア地方の代表的な風景と言えるだろう。
大きな川となだらかな山、遠くには街並みやモスクなどが聳えている。
ちょっとした地方の小都市の佇まいだが、のどかな街に住む人々は、きっと毎日平穏でのんびりした日々を過ごしているのだろうと、眠い目をこすりながらシャッターを切ったのである。
「奇岩の群れ�D」
at 2007 09/02 11:16 編集
> -カッパドキア-
快晴の空の下にそそり立つキノコ岩。
カッパドキアの様々な奇岩はいくら見ていても見飽きない。
際限が無いので、そろそろ他の光景に移ろうと思う。
このgooのページも今月一杯でメンテナンスが不可能となるようだから、トルコシリーズの後半は、ページ終了後は別ページでの公開にしようと思う。
先ずは今月一杯はこのページでの掲載にしようと思う。
「仲良し」
at 2007 09/01 11:17 編集
> -カッパドキア-
ラクダ岩の前で、2人仲良くカメラに収まるトルコの小学生。
この子等の集合写真を撮っていたら、この2人が、私達を撮ってと身振りで要求した。
きっと仲の良い2人なのだろう。
同じトルコ人でも、肌の色も顔付きも違う。
トルコはヨーロッパとアジアの交流点。
オスマントルコ時代に、近隣各国を席巻した名残が今でもこうして人種の違いに受け継がれているのだろう。
肌の色の違う人々が、一緒に生活出来る世界が、未来の人間社会の理想像なのだろうと、この2人を見ていて思ったものである。
at 2007 09/28 09:29 編集
> -アンカラ-
部屋から眺めるアンカラの街の夜景。
丘の斜面に沿って建ち並ぶ家々の灯りは、正に幻想的である。
夜景は昼間の街の汚れを隠して、星空のような綺麗な部分だけを現してくれるからなのだろう。
あちこちのモスクから、今日一日の無事をアラーの神に感謝するための、最後のコーランの祈りが響いてくる。
異国情緒たっぷりのアザーンの祈り声と共に、夜は深けて行った。
「ホテルからの眺め�B」
at 2007 09/27 06:57 編集
> -アンカラ-
部屋から眺めるホテル右側の光景。
我々の部屋はホテルの入口とは反対側に位置しているから、街の裏側の様子が良く分かる。
丘の上の断崖の頂上には城が有り、トルコ国旗がたなびいている。
国の象徴である国旗を至る所で見掛けるのも、自分の国に誇りを持っている証拠だろう。
同じ光景をアメリカでも良く見掛けるのだ。
日本では最近は国旗が掲げられているのは、警察署くらいになってしまったようである。
嘗ては国の祝日にはたくさんの国旗掲揚が見られたが、それが最近はほとんど見られなくなってしまったのは、国家に対する物の見方が変わってしまったからだろうか。
最近は君が代斉唱も云々される時代、何だか段々変な国になりつつあるようである。
「店先」
at 2007 09/26 09:50 編集
> -アンカラ-
ホテル前の街路を散策した時の光景。
こんな店がずっと続いていた。
雑貨屋のようだが、実にさまざまな物が売られている。
店内のカウンターには店主らしき男が店番をしているが、中に入らずウィンドショッピングを楽しんだ。
コンビニでトルコウィスキーと地酒を買い込んでホテルで試飲したが、地酒の方はやたらと強く、不思議な味がするので飲み切れず、自宅まで持って帰る羽目になってしまった。
国によって実に様々な地酒が有るものだと感心したものである。
「ホテル前」
at 2007 09/25 11:18 編集
> -アンカラ-
我々がアンカラで宿泊したホテル玄関前の光景。
街の中心部に有るこの4つ星のホテルは、かなり名の知れたホテルのようである。
昨日掲載した腕白坊主達は、この道を行った歩道で遊んでいたのだ。
此処を10分位歩いた右側にはスラム街が有り、ガイドからはそこには立ち入らないようにと指示されていた。
何処の国にも、街の繁栄とは裏腹の影の部分が存在するようである。
日本も貧富の差、都市部と地方の格差が拡大されつつあるようだが、新政府の力で、格差是正が図れない物だろうか。
新内閣に期待したい所だが、ちょっと実現は難しいような気がする。
「腕白坊主達�A」
at 2007 09/24 15:13 編集
> -アンカラ-
店の前に座り込んでおどけてみせる腕白少年たち。
この三人の少年は、何時も群れて遊ぶ仲良し仲間のようである。
左の少年はエアーギターの真似をしているようだが、あとの二人は何をしているのか。
全くの他人に、何の屈託も警戒心も無く、こうして自分たちをアピール出来る姿は、日本ではほとんど見られなくなったようでちょっと寂しい感じがする。
この後彼等はこの店の中に入っていったが、食事をするのでなく、店の親父や店員と賑やかに喋っていた。
大人と子供の接点は、こんな姿が自然なのだろうと痛感したものである。
「腕白坊主達」
at 2007 09/23 09:58 編集
> -アンカラ-
アンカラのホテル周辺を散策した時のスナップ。
街を歩いていたら、この少年達が我々を追い抜いたり、立ち止まったりして、盛んに愛嬌を振りまいていた。
どうやらこの近くに住む腕白坊主たちらしく、街路脇の店の親父や、主婦達に声を掛けたり掛けられたり、他愛のない事で、飛び回っている。
私の所にやって来て、写真を撮ってくれと手振り身振りで要求するので撮った写真がこれ。
更に彼等の行動はエスカレートした状況は明日載せる事としよう。
何も無い彼等だが、本来の子供の腕白振りを見るようで、私の昔を思い出したものである。
「ホテルからの眺め�A」
at 2007 09/22 10:46 編集
> -アンカラ-
アンカラのホテルから望遠する街の光景第二弾。
前回は夕日に映える街の様子をズームアップして載せたが、今回は日没後の街をカメラを引いて載せてみた。
ホテルは街の繁華街の通りに面した所に有り、部屋から街の様子が手に取るように分かる。
路地にたむろす人影などが興味深い。
「ホテルからの眺め」
at 2007 09/21 11:35 編集
> -アンカラ-
アンカラのホテルから望遠する街の光景。
ホテルに到着したのは、日没前の夕日が映える時刻であった。
ホテルは街の繁華街の通りに面した所に有り、部屋から街の様子が手に取るように分かる。
夕日を浴びて街が燃えるように赤く染まっていた。
流石に大都市だけ有って、丘の斜面に沿って住宅が密集している。
矢張り赤瓦屋根の家が多いのはお国柄なのであろう。
こうした家並みを眺めていると、日本とはかなり異質な国なのだという事が、実感出来るのではないだろうか。
「広場」
at 2007 09/20 16:46 編集
> -アンカラ-
アンカラの中心にある広場の光景。
アンカラのほぼ中心に位置するアタチュルク広場の交差点の所に有る銅像。
流石に中心街だけあって、行き交う人も多く、サラリーマンらしき人も見受けられる。
それらの人を見下ろすかの如く、アタチュルクの銅像が立っているが、なにやら下に居る兵士の像がユーモラスで、笑いが込み上げて来る。
敵の状況を観察している様子なのだろうが、ちょっとへっぴり腰で強そうに見えない。
却ってそれが人の目を引き良いのかも知れないが…
「アンカラ駅」
at 2007 09/19 10:23 編集
> -アンカラ-
車窓から見るアンカラ駅の光景。
流石トルコの首都の主要駅だけあって堂々たる造りである。
日本で言えば、東京駅みたいなものであろう。
しかし東京のように、ごみごみした感じは無く、何となくのんびりとした感じがする。
客待ちのタクシーが並んでいる所は、何処の国も同じだが、昼間にも拘らず、人影はまばらである。
アンカラからイスタンブールまで、「走る一流ホテル」と呼ばれるアンカラ・エクスプレスの夜行列車が有るという。
458キロを9時間掛けて走るのそうだが、機会があれば一度乗ってみたいものだと思ったものである。
「マンションラッシュ」
at 2007 09/18 14:37 編集
> -アンカラ-
アンカラへ向かう途中の車窓風景。
トルコの首都ともなると、流石に何処の発展途上国もそうであるが、郊外にマンションラッシュが続いているようだ。
その有様は、まるで現在の中国を見ているようである。
古い一戸建ての家が取り壊され、そこに大型のマンションが建設される。
国の発展のためには止むを得ないのだろうが、歴史遺産の多い国だけに、せめて古代遺跡の有る地方だけは、こんな光景にしないで欲しいものである。
「アンカラへ」
at 2007 09/17 10:44 編集
> -アンカラ-
アンカラへ向かう途中の車窓風景。
トルコの首都であるアンカラに近付き、車窓も一変してきた。
流石に首都だけあって、新しい住宅が、郊外に続々と建設されつつある。
現地ガイドのアルズさんの家族は此処に住んでいるとの事で、アンカラに一行が着いた時は、ホテルに泊まらず、自宅に戻って家族と一夜を共にするのだと喜んでいた。
トルコの首都はどんな所なのだろうか。
ツアーではカッパドキアから、アンカラまで鉄道で行くルートもあると言うが、我々は7時間のバスの旅であった。
「旅友」
at 2007 09/16 10:38 編集
> -アナトリア地方-
トルコ絨毯の店で知り合ったこの店の若者。
彼の名をムスタファ君と言う。
私がこのトルコ絨毯製造販売所の様子をテレビで見た事が有るような気がすると、トルコ・ティを運んでくれた店員に言ったら、その通りだと言って紹介してくれたのが彼である。
民放で土曜日の朝やっている「旅サラダ」で女優の田中美奈子さんが此処を訪れた模様を、旅の直前に見て私が覚えていたのだ。
その時、この店を彼女に案内して歩いたのが、このムスタファ君なのだ。
君の顔を覚えているよと言ったら、とても喜んで会話が弾み、2人で仲良くツーショットの記念撮影となった。
彼は我々がバスに乗ってこの場を離れるまで、盛んに手を振って送ってくれた。
日本の皆さんに宜しくと、何時もにこにこと話す気の良い若者であった。
「逸品」
at 2007 09/15 09:21 編集
> -アナトリア地方-
私が気に入ったシルク織りの壁掛け絨毯。
此処は大手のトルコ絨毯製造販売元だ。
この作品を見せられた時、最後まで買おうかどうしようか迷った商品である。
昔のイスタンブールの状況が、実に細かなタッチで織られている。
スルタン(国王)が自分の居城から、ボスフォラス海峡を眺めている光景などがすばらしい。
この絨毯裏側にひっくり返しても、同じ図柄の色が変わって、海の青色がもっと鮮やかに出る。
15万円というのを送料込みで8万まで値切ったが、私の指値の5万円までにならなかったので、断念した。
残念ながら、こうして写真で眺めている次第である。
「展示即売会」
at 2007 09/14 09:29 編集
> -アナトリア地方-
トルコ絨毯のデモンストレーションの光景。
此処は大手のトルコ絨毯製造販売元だ。
こうして来店者を一堂に集め、様々な絨毯を広げて、織り方や品質の違いを説明していく。
下に敷いてあるのは比較的価格の安い物。
今店員が広げているのは、絹の絨毯であり、光沢があるので見る角度によって様々に色が変化する。
これは目が飛び出るほど高価であり、我々庶民には高嶺の花である。
しかしどの絨毯も、本物は一生使用でき、孫子の代まで、長持ちがするのだという。
左で熱心に見学していたSさんも、値切りに値切って、別の絨毯を購入したが、それでも高価な買い物であった。
「作品」
at 2007 09/13 09:02 編集
> -アナトリア地方-
階段の登り口に置かれていたトルコ絨毯の作品。
此処は大手のトルコ絨毯製造販売元だ。
額縁に入ったこの絵が、絨毯を織った物だとは驚いた。
単なる敷物としてだけではなく、精巧に織られた絨毯は、こうして絵のように額縁に入れて観賞用としても使用出来る。
事実私の相棒は、絹で織った高価な絨毯を観賞用として購入し、今でも居間に飾ってある。
敷物の絨毯と違い、これらの観賞用絨毯は完成するまでに、かなりの日数を要すると言う。
値段が驚くほど高いのは止むを得ない事なのだろう。
「紡ぐひと�B」
at 2007 09/12 13:09 編集
> -アナトリア地方-
繭から糸を紡ぎだす作業の様子。
此処は大手のトルコ絨毯製造販売元だ。
繭を熱湯で煮て、そこから絹糸を手繰って巻き取る一連の作業が手に取るように分かる。
昔は日本の岡谷などにも、巨大な製糸工場が有ったが、実際にこうして実演して見せてもらうと、実に興味深い。
たった一個の繭が、蚕から吐き出す糸によって、途切れる事無く手繰り寄せられる事が驚異である。
しかもその糸の太さは、どれも均一で、絹糸として高級な人間の衣服や、絨毯として織られるのだから、不思議である。
「紡ぐひと」
at 2007 09/10 09:08 編集
> -アナトリア地方-
トルコ絨毯を紡ぐ女性の姿。
此処は大手のトルコ絨毯製造販売元だ。
たくさんの女性たちが図柄を見ながら絨毯を織っていく。
かなりの年期が入らないと、このように一人で図柄を見ながら織るのは難しいと言う。
こうして朝から晩まで折り続けて、一枚の絨毯が仕上がるまでには1〜3ヶ月掛かると言うから、根気の要る作業である。
私がカメラを向けたら、彼女はそれに応えてくれた。
「雲のある風景」
at 2007 09/06 09:38 編集
> -カッパドキア-
青い空に沢山の千切れ雲が映えて綺麗だった。
塩湖の反対側はなだらかな丘陵になっている。
海ではないが、砂浜は所々白く、岩塩が含まれている。
我々の乗ってきたバスが一台ぽつんと点景で置かれているが、此処にはあまり寄る人が居ないのだろうか。
観光客の居ないビューポイントも、のどかで良いものだと思った。
「塩湖」
at 2007 09/05 06:14 編集
> -カッパドキア-
見渡す限りの塩の濃度が高い塩湖の光景。
トルコの首都アンカラに向かう途中に有るこの塩湖は、岩塩が湖に流れ出て、死海と同じ濃度の塩が含まれており、人間が沈まないのだと言う。
私もちょっとこの湖の水を舐めてみたが、とても辛い。
トルコの塩のほとんどは此処で製造されるのだというので、お土産に買ってきた。
ミネラル分をたくさん含んでいて、体に良いのだとの説明であった。
トルコには自然が作り出したこんな場所もあるのだ。
「車窓から」
at 2007 09/03 15:40 編集
> -カッパドキア-
バスの窓から眺めた川の有る寸景。
まるで絵に描いたような光景である。
塩湖に向かう途中で眺めた景色だが、トルコの中部アナトリア地方の代表的な風景と言えるだろう。
大きな川となだらかな山、遠くには街並みやモスクなどが聳えている。
ちょっとした地方の小都市の佇まいだが、のどかな街に住む人々は、きっと毎日平穏でのんびりした日々を過ごしているのだろうと、眠い目をこすりながらシャッターを切ったのである。
「奇岩の群れ�D」
at 2007 09/02 11:16 編集
> -カッパドキア-
快晴の空の下にそそり立つキノコ岩。
カッパドキアの様々な奇岩はいくら見ていても見飽きない。
際限が無いので、そろそろ他の光景に移ろうと思う。
このgooのページも今月一杯でメンテナンスが不可能となるようだから、トルコシリーズの後半は、ページ終了後は別ページでの公開にしようと思う。
先ずは今月一杯はこのページでの掲載にしようと思う。
「仲良し」
at 2007 09/01 11:17 編集
> -カッパドキア-
ラクダ岩の前で、2人仲良くカメラに収まるトルコの小学生。
この子等の集合写真を撮っていたら、この2人が、私達を撮ってと身振りで要求した。
きっと仲の良い2人なのだろう。
同じトルコ人でも、肌の色も顔付きも違う。
トルコはヨーロッパとアジアの交流点。
オスマントルコ時代に、近隣各国を席巻した名残が今でもこうして人種の違いに受け継がれているのだろう。
肌の色の違う人々が、一緒に生活出来る世界が、未来の人間社会の理想像なのだろうと、この2人を見ていて思ったものである。