1 学校いらない 先生は、母と祖母と曽祖母
おとなは誰も立ち入れない。「子どもの空間」の透明なバリア。不安、いじめ、友情、涙、希望、孤独……。やさしさを忘れないで。強い心を抱きしめて。暗い出来事ばかりじゃない。

 小さな声に耳を澄まそう。

 庭先で遊んでいたら集金にきたおばさんに何度も聞かれた。

 「きょう学校は?」

 やっぱり午前中は外に出たくない。

 木曽川を望む岐阜県のある住宅街。木の机が一つ、椅子が二つ。「難しい。イヤ」。宮本彬(きらら)ちゃん(8)が足をバタバタさせる。「一緒に問題を読もうよ」。母の里枝さん(33)になだめられ、なんとか最後までやった。

 彬ちゃんは4世代6人家族で暮らしている。学校には行かない。里枝さんが算数や国語を教え、祖母(56)はそろばんと畑仕事が担当教科。曽祖母(77)は戦時中の体験を聞かせる。父は5年前に病死した。

 幼いころから友だちと競うのを嫌がった。就学時にフリースクールを選ぶと、小学校の校長にあきれられた。「げた箱や机がなくてもいいんですか? 公立の何が気に入らないんですか」

 フリースクール1年生の夏休みが終わると、まばたきが止まらなくなった。「行かなきゃダメ?」。友だちと張り合いたくないのに、ここでも先生は比べたがる。気の強い子につねられ、それもずっと我慢してきた。

 学校って何だろう、と里枝さんは思う。子どもが円形脱毛症になっても「絶対に行かせなきゃ」と追いつめられる母親がいる。里枝さんが中学生のころ、職員室で先生が泣いている女子の髪をつかんでビンタした。ほかの先生はだれも止めようとしない……。その情景が今も夢に現れる。

 自宅で親が教える「ホームスクール」の本を図書館で見つけたとき、「あ、これだ」と思った。「本当に行かなくていいの? 大丈夫?」。不安な顔で彬ちゃんは何度も聞いた。里枝さんもうっすらとした罪悪感があった。でも、子どもが家にいるのは自然なことだと思う。家の文化、しつけ、季節ごとの料理……4世代家族から学ぶことはいっぱいある。

 「家族から愛され、安心して家庭に逃げ込めると分かれば、子どもは外に出ていけるようになる」と祖母は見守る。

 家での勉強が軌道に乗り始めたころだった。足し算で繰り上がりが分からない。「何度言ったら分かるの!」。思わず怒鳴ると、彬ちゃんは泣きじゃくった。「分からないって、そんなにいけないこと?」

 また机に向かってくれるまで3カ月かかった。

 彬ちゃんは近くの公立小学校の2年生に籍を置いている。学校の行事には2回参加した。昨年11月、バスや電車の乗り方を学ぶ社会見学。同級生は車内を走り回り、先生は「静かにしなさい!」と大声を張り上げる。帰ってきても耳鳴りがした。

 校長は「それでも進歩。前年は一度も来てくれなかった」と喜ぶ。1年生の修了証書は校長室で渡した。「いろんな価値観はあるが、15歳まではやっぱり集団教育がいい。いつか『学校に行きたい』と言ってほしい」

 2年生になってからは週1回、里枝さんが宿題のプリントを取りに行き、彬ちゃんが家で答えを書いて先生にマルをもらっている。自宅での勉強はもうすぐ3年生の算数が全部終わる。

 晴れた冬の午後。彬ちゃんは畑で大根を手際よく抜いていく。「学校? 勉強中にチョコ食べられるから、おうちがいい」

 近所の子が下校するのが待ち遠しい。半年前から友だちが増え、外に遊びに行くようになった。日が暮れるまで鬼ごっこ。「きーちゃんは、鬼になるほうが好きなの」

 この日は仲良しの男の子が塾に行ったらしい。少し寂しそうに帰ってきた。【遠藤拓】=つづく

 ◇校長の裁量で出席扱い--全国で2000~7000世帯

 学校に行かない児童・生徒は約18万人。最近はフリースクールなどに通わず、自宅で家族と学習する「ホームスクール(ホームエデュケーション)」が広がり、支援団体によると2000~7000世帯に上るという。宗教教育やより質の高い教育が目的の家もある。籍を置く小中学校長の裁量で出席扱いにできるが、「社会性が身に着かない」との批判も根強い。改正教育基本法では「保護者は、子の教育について第一義的責任を有する」と家庭の責務を盛り込んだが、安倍政権下の教育改革論議では容認への動きはない。逆に締め付けが厳しくなるのではとの懸念もある。欧米では容認する国が多く、米国では百数十万人ともいわれている。

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毎日新聞 2007年1月1日 東京朝刊