2004年09月の記事


運動会
20日に延期になった運動会。
長女の一番の見せ場は朝一番、「いっとうしょうたいそう」で「体操の先生」として単独壇上に上がって体操をするのだ。
きびきびとしっかりこなす長女を見ていて、旦那は泣いたらしい^^;

その後のかけっこでは長女は残念がら4人中3位だったが、次女が見事1位になり、満面の笑みで「ウィニングラン」をした。練習では一度も1番になれなかった、というから余程嬉しかったのだろう。
また次女は、祖父母競技の後「感謝の言葉」を言うのにクラス代表となり、また午後にはクラス選抜対抗リレーに出るなど活躍。
長女も年長の鼓笛で「カラーガード」(旗)と「バトン」を「早代わり」でこなす役に選抜(全体で4人)される。他の子はどちらかひとつで、両方するのは優秀だからか〜?と都合のいい解釈^^;親ばか爆発です。

ちなみに私と旦那は綱引きに出場。
「後片付け」か「リレー」か「綱引き」かと言われたら…まぁ綱引きが無難かな、と。

旦那は次女の方の組で出て1回戦敗退。
私は長女の組で出てこの体重をしっかり生かすぞ〜!と気合充分に臨んだが…

綱引きってこんなにハードだったっけぇ〜〜〜??!!
身体中の筋肉が全部伸びてしまうんじゃないかと思うほど、全身が引っ張られるのを足で必死にこらえる。ものすごい力で引っ張られるのでちょっとでも気を抜いたら前につんのめって飛んでいってしまいそう!
近年こんなに力を入れた事があっただろうか?!

1回戦はなんとか気力で勝った。で、なぜか次は決勝戦だったのだが…
渾身の力で引いてもどんどん引っ張られていく。「もういい!もういい!!」と口に出しながらも、ここで止める訳にはいかないので引き続ける。この時間の長い事長い事!!

結局負けたけれど2位。

その後しばらく手が震えて、力が入らなくて;
バッタリ倒れてしまいそうだった。

最後に「おとうさんといっしょ」にリズム体操があったが、結構ハードなのを去年見て知っていたので、次女の方を父に代わってもらった。

全て終わって、子供達は皆メダルをもらい大喜び。お菓子の詰め合わせももらって、上機嫌^^良かったね〜、でももっとゆっくり歩いて…(泣)

子供達の成長が、頼もしくてまぶしくて、もうしっかり自分の力で歩んでいっているんだなぁ、とちょっと感動した一日だった。
立派な幼児に育ってくれてありがとう。
既に走ったら負ける、情けない母だけどこれからもよろしくね。

次の日から2日間、まともに身体が動かせなかった私。
「やっぱり運動せなあかんで、オレは何ともないで〜」というちょっと自慢げな旦那の言葉にムッ(あんたは1回で負けたやん!!)としながらも、本当の事なので反論できないのでシタ。
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サクラとモモとパン君と
19日は幼稚園の運動会…のはずだったが、雨で延期。母が大量に注文した仕出しがもったいないし、すぐに晴れる事はわかっていたので、運動会の為に遥々岡山からやってきた姉夫婦と実家の家族も一緒に阿蘇の「カドリードミニオン」に行って来た。

ここは旧・熊牧場といって、私達のちょっとあとの世代までは小学校の修学旅行のコースだった。
昔は本当に熊や蛇、小動物がいるだけの、なんとも素朴(簡素?)な動物園だったが、最近ちょっとだけ全国に知られる所となっている。

「どうぶつ奇想天外」「志村どうぶつえん」やいくつかのCMに出ているチンパンジーの「パン君」がいるのだ♪

超豪華な仕出し弁当を、苦しみながら食べたあとはいざ、パン君のショータイム!
「この本を買ってくださった方にはパン君がサインします」という見栄見栄の押し売り(?)にもあっさり負け、トレーナーの宮沢さんの自伝とパン君の写真集を買ってしまった。

ショー自体はかわいらしく楽しかったし、動物にとっては無理のない内容と時間かなぁ、という感じではあった。ちょっと物足りない気もしたけど;
最後に本にサインしてもらって、子供達は大喜び♪まぁサインといってもマジックで書きなぐっているだけなのだが、なんか結構サマになってるから笑える。

このトレーナーの宮沢さんという方が、宮崎フェニックス動物園でオランウータンの「サクラ」を担当しはじめた頃、私はサクラを抱っこさせてもらったことがある。
園内の芝生の所で、オランウータンがリードも何も付けず遊んでいるのにかなり驚いた。
ぎゅっとしがみついて来てくれた時は、何とも言えない幸せな感じがした。
この時の写真は、私にとっては正に「癒し」の1枚。
本当に賢くかわいらしくて穏やかなサクラは、後に宮沢さんと一緒に「じゃんけんオランウータン」としてテレビに出るようになり、自動販売機でジュースを買ったりしていた。しかしこの頃はあまり宮沢さんの事を私は知らなかった。

経営などの都合で宮崎を辞め、宮沢さんは栃木に行き、チンパンジーの「モモちゃん」と出会う。テレビでは「犬と一緒に1人でおつかい」などをし、そのテレビ番組で初めて宮沢さんがあの「サクラ」のトレーナーであった事を知った。

モモちゃんが花嫁修行に出る事になり、そのあとをパン君が継ぎ、そして宮沢さんと共にカドリードミニオンに来た、というわけである。

自伝を読むとサクラの事が詳しく書かれていて、ぼんやりと宮崎に行った日の事を思い出した。
育児にも通ずる事や、猿を通して人間の愚かさを考えさせられたりした1冊だった。

ちょっと入場料は高めだけど、パン君はとってもかわいかった♪一番喜んでいたのは私かも?
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打ち上げ、そして翌日の驚き。
10日はママコーの飲み会でした。
8時からなのを、実家には「7時」とか言って街に出て、靴を衝動買いし、7時に仕事が終わった友達をとっ捕まえスタバを付き合わせ。
Bちゃんろくすっぽお礼も言わず別れちゃったけど、ありがとうね〜^^

全国大会の時の写真を各社から送ってきていて、ワイワイキャーキャー言いながら回し見たり、1人ずつ感想を言って思わず泣いちゃう人もいたりして、とっても楽しかった^^

毎回必ず1人は潰れる人がおります。
今回は…ふふふ。
まぁほんと楽しくて、嬉しくて、飲みすぎちゃうのってわかります。いいよ、潰れても〜^^
洗礼を受けましたなぁ、Fさん。

「るんちゃさん冷静やなー」と批判(?)されつつ、結構飲んでましたけど;
実家に帰ったのは2時半、翌日は土曜日だけど運動会の練習で幼稚園があり、送ってそのまま自宅へ。
二日酔いよりも寝不足がたたって、片付けないといけないのにダラダラ寝てました;

その間に見たテレビ。
福岡の方の放送で「たけしの平成教育委員会」というクイズ番組の、正月にやったものを放送していたので何気にみていたのだけど。
「正解されたチームにはこちら!東京○○の『福○○ち』のおいしい料理が召し上がれます!」
「ここの大将は大分県佐賀関産まれ、離乳食は関サバだったというナンタラカンタラ…」
寝ぼけた頭で「へぇ〜、大分県人やん…離乳食関サバぁ〜?んなワケねーだろー…」と思い画面を見ると…あれ?どっかで見た顔…

しばし考える。名前を聞いてもピンとこないのに、この顔と声には覚えがある……





ああぁああぁぁぁ!!!!

思い出した。
短大時代にバイトしてたショップの、ダイビングのイントラの弟分やんか!!

出世したなぁ〜、東京に店!
しかもこんなテレビで紹介されてるし!
ビートたけしに料理出してるし!

なんとも情けないくぐもった声で「○○ちゃ〜ん(私の名前)、○○ちゃ〜ん」と呼ばれていたのを思い出す。
こんな東京に店出せるようになるまで修行するような人には見えなかったんだが。人は見かけによらず。

多分訪ねていっても、もう私の事なんて覚えてないだろーなー。っつーか私の方が風貌的には変わってしまったから。

番組的に芸能人の皆さんが「うまい!」と言って当たり前だが、なんかちょっと嬉しかった。

がんばれよ〜、○○さん。
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大当たり!!
11日に、旦那と父、叔父2人でゴルフに行き、その夜「新築披露パーティー」を我が家で行った。母にも料理を手伝ってもらって、煮物、鳥天、さんまの酢〆寿司、サラダ、ゴーヤチャンプルーを作った。子供達も大喜びで愛想を振り撒いて、大雨で往復が大変ではあったがとても楽しいパーティーだった。

12日は、朝から私の体調が悪く、夕飯に昨日の残りを出した。
子供には鳥天、旦那と私はサンマ寿司を食べた。
旦那は次の朝(今朝)早く出なければならないので、結構早めに床に着いた。

夜中の3時位、旦那が急に起き上がり「吐く」と言ってトイレに降りた。ビール飲んでタバコ吸ったからかなー、もう、いい加減タバコ止めればいいのに…とウツラウツラしながら様子を伺っていたがなかなか上がってこない。
それどころか唸り声が聞こえるので慌てて下に降りた。
トイレを覗き声を掛けると「水!水!!」とただ事ではない。トイレには「サンマ寿司」の酸っぱい臭いがプンプン…

かなり衰弱し、血も出てきたというので救急車を呼ぶ事にした。
その前に子供達を置いていくのだから母に来てもらわないと。あぁ、でも救急車なんて大げさじゃないのか…まだ意識もあるのに…
でも血だよなぁ、もしものことがあったら…
一瞬の間にグルグル考えて、とりあえず母に電話。そして119を押した。
内容が内容なだけに、とても冷静に、ゆっくり答えていた。すると途中で旦那が「もうええ、もう呼ばんでええ」と言い出したので、謝って電話を切り、近くの救急病院に電話し、まだ母は来ていなかったが、連れて行った。

説明と問診をすると、宿直の先生はおもむろにパソコンの画面を何度かクリックし、
「うん……うん……」と1人で納得。またそれに時間のかかること!!自己で判断できんのかい!!とイライラしながら見ていると
「それでは抗生剤、胃薬、整腸剤を出します」と言って終わった……
何気なく名札を見ると「放射線」

……ま、総合病院の宿直ですから…仕方ないけど…
ま、あんなんやったら誰でもいいわなぁ……

そしてそれだけで4600円も取られ、終わった頃には既に旦那はかなり落ち着いていた。
「病院は昼間来るもんや…」

私は私で、同じ物を食べたんだから次は私の番か、とどんよりしていたが、一向に悪くなる気配ナシ。もちろん未だに。ゲリもナシ。
唯一の違いといえばサンマの表皮をはいで食べたこと。もしかしたらそこに溜まっていたのかなぁ…

旦那は元々当りやすいと言える。
何度も食中毒を起こし、結婚式1週間前に入院までしたことがある。
そういう人に当りやすいものを食べさせてはいけない、とつくづく思い知った。

酢で〆てあっても、やはり駄目なものは駄目…


意外と何ともない自分がかわいく思えたりして…
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新聞考…ってほどでもない。
日曜に帰って来て、いまだに体力回復しない〜。
あの猛暑が嘘のようにここ数日涼しいね。

ママコーの結果が朝日新聞(主催)に載ったので、数人からお祝いのメールや�р�頂く。
恐縮しつつも、やはり嬉しいので声も弾む。

今回うちの団は誰も朝日新聞を取っていなかったので、結構情報遅れ気味だった。
やっぱママコーしてる人は朝日じゃないと〜。
誰か変えない?
うちはあと2年変えられないんだも〜ん;
そのあとは絶対変えてやるぅ!

ちなみに今全国紙の某新聞なんですが。
無難過ぎて面白くねぇ〜!
読むとこなさすぎ。特集とか全然ないし。
うちは地方面どーでもいいんだけど、それにしても少なすぎ。
しかもオリンピック期間中しみじみ思ったけど情報遅すぎ!!
地元新聞の方が情報早いやん!!情けな〜。

3ヶ月無料と商品券とビールひと箱に釣られた私がバカでした…
朝日さん、2年後は朝夕刊取るからさ〜、景品いっぱい持って来てねん♪
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台風、真上を通過。
すさまじい台風でしたね。
前述のママコーから帰って実家でもう1日休もうと思っていましたが、旦那に「家の窓は全部閉めてきたんか」と問われ、階段の窓(半開きまでしかならない奴ね)を開けてきた、というと「そらあかんわ、家の中ベちょベちょになるで」ととがめられ。

外はまだ風と小雨程度で、その時は「そんな大げさな〜;意地悪やなー」と思っていましたが。
帰って大正解でございます!!

明け方4時位に、轟々という風の音で目が覚めた。外を覗くと、公園の木が、あんなに太い木がしなったまま風に吹かれ続けてバサバサと音を立てている;
建築中の隣の家の資材がうちの庭に飛んできている;サイディング(壁材・いわゆるコンクリの板)だよ!!あんなんが飛ぶか?!

一応又ベッドに横になったものの、恐ろしい程の風に寝つけず。ようやくウトウトしていると、6時くらいに子供達がやはり風の音で目を覚まし、外を覗いている。

2階にはシャッターがないので、万が一何か飛んできてガラスが割れては大変、と1階に下りた。
恐ろしいほどに這い上がってきていた朝顔の大束を支える為ベランダからつるしていたロープを切り離し、ずぶぬれになりながらその上に重りを置く。倒れる前に倒しておかなくては。
夏前に植えたばかりの庭木は、かわいそうな位風にしなり、葉っぱはぼろぼろに擦り切れた。
朝から時間が経つに連れどんどんひどい暴風雨になってきて、心底恐かった。
こんなにすごい台風は生まれて初めてだった。
子供が外にでたらきっと、飛んでたよね〜。

実家では増築部分から雨漏り。やっぱりね〜、という造りだったのでなんか腹立つ。

幸い自宅では大きな被害もなく、今の所雨漏りなどもない様子。

よかったねぇ、○ホーム。
一応風災害には耐えられたワケだ。
あとは地震災害だね〜、って、そんなんあったら嫌ですぅ!

海や川が近いので、冠水、浸水が心配だったけど大丈夫だった。

2軒隣は、カーポートの屋根が飛びそうになったので外したのと、木が1本折れたって。

はぁ〜、また今度似た進路で18号来てますケド;
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ママコー全国大会(長文でございます;)
行ってきましたよ、「おかあさんコーラスフェスティバル全国大会」。
朝いきなり「やむを得ない事情で2人出られなくなった」と聞いた時にはどよ〜〜ん、ときたけれど…40人いる団体中の2人ならまだしも、16人中の2人である。

初日はまず横須賀の会場視察。既に大会1日目が開かれている。
こういう「大会」というものは大抵ぶっつけ本番であるため、じっくりステージを観察することなく本番を迎えてしまう。今回は運良く大会2日目にあたったのでこうして様子を見ることができるのだ。
雛壇の何段目、どの幅で並ぶのがいいか、音響はどうか、照明はどうか、等などを見る。
やはり全国に出てくる団体は違う。素晴らしい。はぁ〜っ、これが「全国」なのねぇ!!

そしてその夜は、会場に隣接されたホテルでの「パーティー」!!
総勢600人の出演者の立食バイキング。

実は事前に、情報を頂いていた。
「バックは必ず斜め掛けのもの、スカーフ類などの垂れ下がるものは厳禁。とにかくすごいのよ」と。
初出場な我々にとって、とても貴重な情報であった、と身にしみたのは乾杯の後「それでは皆さん、お食事を…」と言われた瞬間かもしれない。
あらかじめメンバーで各々担当料理を決め並んでいた私が、この体型である私が、オバ様方にもみくちゃにされ足を踏まれ、並んでいるにも関わらず次々と料理を横取りされなかなかもらい出せず、やっと手にした時にには靴のストラップを思いっきり引っ掛けられ、大声で「すみませーん!!靴が〜!!」と言いようやく脱出できた時、壮絶なバトルから帰還したような達成感を得た。
「おかあさんコーラス」のほとんどの団体は、平均年齢が40後半〜50代と思われる。うちの団のように30代中頃、という所は、少なくともこのパーティー会場には皆無であった。
予め割り当てられていたテーブルは他団体に占拠されていたため、入口近くにあった食器類を置くテーブルの一角を陣取り、それぞれ持ち寄った料理をつついた。
またその私達が持ち寄った料理を勝手に持っていくおば様…

自分ではもう結構「おばちゃん」と思っていたが、まだまだ若輩、ひよっこでした…

パーティ自体は結構楽しく、うちの団体で唯一連れて行ったおこちゃまも大人気で後援である�潟Lューピーの方から赤ちゃん用お菓子やちょっとでっかめのキューピー人形まで頂いてしまった。

ぐったり疲れてまた横浜まで戻り、ちょっとだけお酒やお菓子を1室に持ち寄りだべった後、シャワーを浴び爆睡。

そして出番当日。
既に横須賀に着いた頃には疲れていた。

誘導の方に連れられ順路を経て着替え、リハ。
そして本番。
申し合わせていたように、ニコニコと会場を見上げながら入場。そして、笑顔で歌う!
今まで、地元ではなんだか気恥ずかしい、と思っていたこれらの事が「旅恥かきすて」効果や前日の「全国レベル」のステージを見ていたからか、さほど抵抗なくできたし、自分の中ではもうこれからはずっとこうするんだ、という確信にもなっていた。

あっという間の8分間、思った以上にウケたのが嬉しかった(注:コンクールではない為、ある程度のウケ要素は必要。上手いだけでは駄目なのさ)。

全てを終え、会場の外に出てから一番にしたことは「飛行機が飛んでいるか確認する事」。
そう、あの台風16号が、九州に上陸していたのだ。
内心「ま、帰れなくてもそれはそれでいっか〜」なんて呑気に考えていたが、やはりぐったり疲れたので早く帰りたかった。
あちこちに電話をかけ「まだ大丈夫」と聞いたがまだ安心できず、空港でチェックインして初めてホッとした。
離陸した時と着陸時は結構揺れて、たまらんかった。恐くはないケド気持ち悪くて;

空港から家まで送ってもらう途中、会場に残っていた人から先生の携帯に受賞の知らせが入った時には、疲れが吹っ飛んだ。
受賞といっても61団体中20団体、約3分の1はもらえる賞だが、初出場できるだけでいい、と思っていたのにこんな素晴らしい結果になるなんて!
遠路遥々、お金もかけ、家族に迷惑もかけ、身体もクタクタ、飛行機にヒヤヒヤしながら行った甲斐がありました!
本当に家族には、感謝で一杯。
「たかが趣味」と思われても仕方ない中で、練習日には子供の食事から面倒見てくれたパパ、宿泊中我慢してくれた子供、その面倒を見てくれた実家の皆。
本当にありがとう。

なんか少し「辞めたいな〜〜〜…」なんて思ってたこともありましたが…
もうちょっと、いえ、許される限り頑張ってみよう、と思います。
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