話し合った。
ケンカしてからしばらく、一方的に冷戦を続けていた私に旦那が話し合いを求めてきたので、応じることにした。
次の日から義母が来るので、さすがにこの雰囲気ではやばい、と思ったに違いない。

子供の前で派手なケンカはしない、と心に誓った私は「子供が寝たらね」とだけ言い片付けに専念した。その間、旦那は2人を寝かしつけた。

そして、食卓で向き合って座る。
まず、私の仕事について。
それから私の心にずっと引っかかっていた言葉に対し、どういうつもりで言ったのか聞きたかった。「撤回」して欲しいほど傷ついたし、その言葉の本意によっては離婚も考えたからだ。

仕事に関しては、幾分私の思い過ごしもあったようだ。場合によっては夜働く日もあるかもよ、という言葉には、少し考えてうん、まぁ無理をしないなら、ということでOK。

そのあとも、時折脱線しながらも案外穏やかに話し合う事が出来、結論としてもほぼ満足な方向へ持って行く事が出来た。
色々と条件もつけられたが、さほど苦にならない範囲だったし。

「言葉」というものは、発したその時から独立し、相手の中で様々な肉付けや曲解を経て、本意とは少し違う意味を持つ可能性もあるんだなぁ、と改めて思い知る。そして、「隠れた意味」もある。
悪意に満ちた罵詈雑言が実は、淋しさから生まれたものだった。彼は「売り言葉に買い言葉」なんて言ったけれども、私は決して売っていなかった。でも私が放った言葉が、彼の中で「淋しさ」と呼応して「売り言葉」に聞こえさせてしまったようだ。
私が本来「愛情表現下手」なのも災いだった。


次の日、県南の市の親戚の家に来ている義母を、子供達と私で迎えに行った。
旦那の従姉(つまり義母からは姪)の家で、とっても面倒見が良く気さくな家族なので私にとっても、居心地がいい。内心「家出するならここに来よう」と決めているくらいである。
厚かましくも昼ご飯を頂いてから、我が家へ。

義母を心からの笑顔で迎える事が出来て良かったよ。冷戦状態だったら心配かけちゃうところだった。