母との関係
友人との間で、「実母」についての話題が出たので、ちょっと触れて見る。
姉を始め、その他諸々、母を知っている人も見ているのであまり変なことは書けない、とは思いつつ、私と母の関係について。

私が物心ついたときには、既に色んな所に手やら顔やら出していた母。
私が小学校に入ってからは、祖父(母の実父)の介護をしつつデパートにパートに出て働き、夜はママさんバレー、たまにアートフラワー。私が合唱団に入ってからは、育成会(保護者の会。PTAみたいなもの)の会長をし、高学年になれば、フルタイムで事務員になった。もちろん、その間もバレーやらアートフラワーやらは続いている。
今は、退職して市の体育指導員になりしょっちゅう夜会議があり、ママさんバレーの監督をしつつ大会などでは審判、アートフラワーも福岡に講習に通って師範になった。去年は、東京に通いキャリアコミュニケ―ターや、健康管理士の資格を取得。そして、ついには友人とNPOまで立ち上げてしまった。
他にもまだまだ、色んな資格を取りたい、と言っている。もうすぐ60になろうという人が。
ある意味では、自慢の母であり、尊敬している。私の中では父的な役割も果たしている。

小さい頃は忙しい母に寂しい思いもした。でも、母は私の話はちゃんと聞いてくれた。末っ子だからか、母に真剣に怒られた記憶は2,3回しかない。
母に対しては特別な反抗期もなく、大きくなってからも一緒に買い物に出かけた(今でも)。
私の価値観の根底は母にある(父にはない)。

しかし、結婚し子供を産んでからは、ちょっと関係が変わった。
私にとって母は、「理想の母、完璧な母親像」だった。子供に対して惜しみなく愛情を注ぎ、叱る時も感情的になりすぎず、理論を通して「きちんと叱る」。諭す。
子供を虐待するなんてとんでもない。
のびのびと、好きなことをやらせつつ、見守る。迷った時も、「ああしなさい、こうしなさい」ではなく、問題提起し自分で解決させる。それが「正しい母親」。そういう話を産む前からしょっちゅうしてきたのだ。そうして、きっと私もそういう母親になるんだ!と思っていた。
ところが、である。
長女の時は無我夢中で、育児雑誌片手に「ほら、今の育児はこうなんだよ」と楽しく話しつつ、協力してもらっていた。実家にいることが心地良かったし、どっぷり甘えられて良かった。しかし、次女が産まれてから、私のホルモンバランスが崩れたらしい。
産後自宅に戻り、落着いた頃から些細なことで長女に体罰をするようになった。カッとなり突発的に手が出た。自分を責めつつも、また次の日には同じ事を繰り返してしまう。
虐待だ…世間では、毎日のように「虐待死」が報じられ、眉をひそめ、時には涙した。「とんでもない母親だよね」といいつつ、いつのまにか自分がそうなっていた。
誰にも話せない日々が続き、私は苦しみ続けた。もう、死のう、とまで思いつめたこともあった。
何でも母親に相談してきたが、これだけはできなかった。きっと、悲しませるし、わかってもらえない、こんな気持ち。母の、眉をひそめる顔が目に浮かぶ。
このままではいけない。このままでは、いつかきっと、私は子供を殺してしまうかもしれない。
藁をもすがる思いで、心療内科を受診する事を決意。そのためには、一応旦那にも相談しなければならない。
ある日、意を決して旦那に、全てを語った。そのことは以前、日記に書いたので省略する。旦那は、黙って私の話を聞き、一言も責めることなく受け入れてくれた。救われた、と思った。
それでも母には話せなかった。病院に行くのに預ける時も、「喘息の病院に行く」と言って預けた。以前、何かで話していた時に「軽軽しく精神科なんかにいくもんじゃない、どこから話が広まるかわからないんだから」と話していたからだ。母にとっては、精神科も心療内科も同じ事だ、という気がしていたし。

ようやく母に話す事ができたのは、もう治療も終え(というか、勝手に自己判断して治ったと思い病院に行かなくなった)た頃に、イライラして(今思えばこれもPMS)旦那にとても腹を立てて寒い夜、財布だけ持って家出したときだった。
家出して実家にしか行くところがないのも情けないのだが、とにかくタクシーで4000円かけて実家に帰った。
母に話すうち、ちょっと私を責めるような事を言われたのをきっかけに、私は、虐待の事を話さずにはいられなくなった。
「お母さんは完璧だからわからないよ、私の気持ちなんか!」
「そんなことない、完璧なんかじゃなかった」
「でも、今は完璧じゃん!」
「……」
母はしばらく黙った。
そして、静かに話した。
「私だって、若い頃はしょうもない事でカッとなってあんたたち…とくに姉ちゃんを叩いたこともあった。」
……意外だった。小さい頃母は恐い存在だったが、そんなに叩かれた記憶もないし、姉が叩かれていた記憶もあまりなかった。

全てを話して、少し落着いた私を、家まで送ってくれた。旦那は、グースカ寝ていた(怒)。

今でも、子供を叩いた事をわざわざ報告したりもしないし、あえて話題にもしない。
最近PMSだということを自覚してからは、カッとなって子供を叩く事もほとんどなくなった。でも、私はいつまでもこんな呪縛にとらわれている。
「母なら、こんな時、どうしただろう…」

「主婦」としては、あまり合格、ともいえない母。
でも、やはりいつまでも母は母であり、私はいつまでも娘のままなのである。
やっぱ、かなわんわ。