推敲
文章をいろいろ練って考えることを「推敲する」という

〔唐代の詩人賈島(かとう)が、「僧は推す月下の門」の「推(おす)」を「敲(たたく)」にしようかと迷って、韓愈の助言で「敲」にきめたという故事から〕詩文を作るとき、最適の字句や表現を求めて考え練り上げること
(goo国語辞典より)

この詩人賈島(かとう)は、馬に乗りながら詩を考えていたのだが、手で実際にそのしぐさをしながら、余りに一心に考えていたため、韓愈の行列が来たことも気づかずにその列に突っ込んでしまうのだ

韓愈の従者が、賈島を捕らえて叱っていると、韓愈がそれを制して、優しい言葉をかけながら「先ほど手真似をしながら何を考えていたのか?」と賈島に尋ねるのだ

その言葉を受けて賈島は、前述の詩を考えていたのだと話す。韓愈は「敲の字よしと」(つまり、敲(たたく)にしたほうがいい)と答え。それから、二人は仲良く詩の話しをした。という、故事から来ているのだが

今まさに私は、この”推敲”の作業に頭を悩ましている

身のほど知らずにも、一般の童話コンテストに応募をしようとしているからだ

物語の進行はもとより、矛盾が発生していないか?言いまわしがおかしくないか?誤字や脱字はもちろんのこと

漢字の標記ゆれ(「寝る」と「ねる」など同じことを違う標記をしていること)や、当用漢字やそれぞれの対象学年で習っていない難しい漢字を使っていたり、当然漢字で標記すべきところを、かなで書いてしまっていないか?

なども含めてチェックしながら、なんども読み返すのだが

その作業をしながら、はっと我に帰った

物語の場面の動作を、私も手をかざしたりしながらやっていたのだ。まさに”推敲”の漢詩どうりだった

「これで、”韓愈”が通りがかってくれたら、もう少しなんとかなるのになぁ〜〜」などと思ってもみたりする

でも、この「考えては書く」という作業が楽しかったりするんだけどね?