釣った魚
先日、高校の時からの友達と飲みに行った。
どうやらかなり、落ち込んでいる様子。

本人曰く、私にガツーンと言ってもらいたかったらしいが(M?)なんかちょっとかわいそうだった。その落胆ぶりが。
でもな〜、自業自得もあるもんな。自分でもよくわかってるらしいけど。

人間同士、価値観ってのはそれぞれに違っていて、特に恋愛、結婚となるとその問題抜きには通れないわけで。
ましてや結婚するとなると、当人同士だけの問題ではなくなり、それぞれの家庭の価値観も複雑に絡み合ってくるわけで。


「何が一番大事?」
「こういう時はどっちを取る?」
「これは許せる?許せない?」


若い頃は「妥協」という言葉が大嫌いだった。
妥協してまで他人に合わせたくない。
妥協してまで自分を殺したくない。やりたいことをやりたいようにやりたい。
私は私。他の誰でもない。

でも、結婚生活って妥協の連続。そしてそれは自分だけに限らず、相手も妥協してくれてる。
でも、裏を返せばそれが「お互いを思いやる心」。自分を殺すのではなく、相手を活かす為の妥協=思いやりであり、そしてそれはいずれ自分に返ってくる、と思えるようになった。

かといって、相手の幸せを思って言った事が、相手にとって本当に幸せか、なんてことはわかりませんが。

まぁでもこれって、未婚者にはあまりわからないことかもしれませんな。私もわからなかったもん、独身の頃は。
旦那と家の中(逃げられない状況)で何回も何回もドロドロの喧嘩して、でも子供の手前早々に解決しないといけないからこそお互い妥協点を見つけられるまで話し合うんだけどね。
私は私、なんだけど妻でもあり母でもあるから、その3役の役割や主張をどこかで調整しないといけなくなってくる。




「釣った魚」だって安心してその辺に置いてたら猫がかっさらっていくわな。
しかもアナタは、猫が盗りやすいように水を満杯にしてみたり、エサをあまりあげずに魚を弱らせちゃって。
そりゃ魚だって、そんな状況なら飛び跳ねてでもバケツの外に出たいと思うやろ。
今頃嘆いても、猫の胃袋に入ったらおしまいなのよ。


当事者、あるいは関係者でないとわからない内容でスミマセン。

しかしもう、「高校時代からの友人」って15年にもなるんだぁ。
お互いトシとるはずです。
でもちっとも「大人」じゃないよね(爆)

あぁ、懐かしいなぁ。
好きな人と目が合っただけで嬉しかったあの頃。会話できたりした日にゃあ、1日中舞い上がってたりして。

あの頃に戻れたら、もーちっとマシな恋愛したかったよなぁ。