リアルとリアリティの違い―オリーブニュース―
我家の子ども達は、レーシングカートというモータースポーツを、かれこれ6年近く
やっている。あまりメジャーなスポーツではないので、ご存知無い方も多いかもしれ
ないが、カート出身のF1ドライバーが多いことなどから、TVでタレントの方が兆
戦する様子を放送していたりして、ご覧になったことがあるかもしれない。

そのカートを題材にしたマンガが、最近出されている。作者は、それなりにカートの
ことを良く調べていて、なかなかリアリティをもって描かれている。環境もなにも整
っていない小学生が、たまたまカートに出会いスゴイ才能を発揮し、チャンピオンに
なっていくという、いわゆる「スポ根マンガ」だ。

しかし、6年もカートをやってきた子ども達の感想は、「なに?これ!」だった。確
かにカートやエンジンなどが細部まで描かれているのだが、問題はストーリーなの
だ。いくら、マンガは作り話だから、といっても、才能さえあればどんどん上にいか
れるというような描きかたをされていることに、反発を感じたらしい。

「いくらお話だからって、出来過ぎだよこんなの」子ども達は二人ともそう言って黙
り込んでしまった。6年間、ずっと子ども達の苦労を見てきた私から見ても、「こん
なことあるはずがない」。と思えるようなストーリー展開だ。しかし、これがカート
のことをなにも知らない人が読んだ場合は、「リアリティのあるお話」は、そのまま
「リアル」に受けとめられてしまう。現に子ども達の友達が、そのマンガを読んで、
「結果が出ないのはお前に才能がないからじゃないか」、というようなことを言った
という。あまりに臨場感のあるマンガであるだけに、リアリティをリアルそのものだ
と勘違いさせてしまうのだろう。

レーシングカートという、現実のスポーツの中で、6年もの間、悩んだり迷ったりし
ながら、頑張って来た子ども達にとっては、自分の技術や才能を信じて頑張る事で、
レースという現実を乗り越え、自分自身を一歩づつ高める努力をして来たのだ。多分
これは、他のスポーツでも同じだと思う。そこに、いかにお話だとしても、才能だけ
で全てをクリアできてしまうようなことを描かれてしまったことで、今までの自分が
頑張って来たことを否定されてしまったような気がしたらしい。

私は、その事を聞いてハッとした。もしかしたら、このような勘違いは他の場面でも
多く起こっていることかもしれないのだ。リアリティを追求した、ドラマやマンガと
いった「作り話」に対して、頭では、「フィクション」だと分かっていても、あたか
も現実がそうであるかのような錯覚を起こし、そのうちそれを事実だと認識してしま
うようになる。社会一般に情報が少ないものに対しては、往々にして起こることだと
思う。またこれは、マスコミなどの過度な報道に対しても、私達は、同じような錯覚
を起こしてしまっているのかもしれないと思った。

たかが、子どものマンガのことで目くじらを立ててと思われる方もいるかもしれな
い。しかし、マンガが与える情報や印象で、夢を見る人がいるのと同時に、傷つく人
もいるのだ。つまり、現実はそんなに甘くないという事である。リアリティを追求し
ているなら、そんな「甘くない」部分もきちんと描いて欲しいと思うのは、私が単な
る親ばかだからだろうか。しかし、偏った印象を与えてしまっていることは確かであ
り、私はそこになにか「危うさ」のような物を感じた。