[ コニー・フランシス ]Connie Francis
[ コニー・フランシス ]     Connie Francis

♪ 大人になりたい   ( Too Many Rules ) ♪

♪ カラーに口紅   ( Lipstick On Your Collar ) ♪

♪ 可愛いベイビー   ( Pretty Little Baby ) ♪

♪ バケーション   ( Vacation ) ♪

♪ ボーイハント   ( Where the boy's are ) ♪

♪ 間抜けなキューピッド   ( Stupid Cupid ) ♪





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1938年12月12日ニュー・ジャージー州生まれ。

本名、コンスタンス・フランコネロ。

はじめて音楽に接したのは3才の頃で、地元のクラブやイベントに参加。

11才の時にテレビ番組等に出演。

又タレント・スカウト・ショウに出場、

見事優勝してプロ・シンガーとしての第一歩を踏み出す。 

コニー・フランシスというステージ・ネームもこの時につけられたもの。

コニーが17才の時、MGMとの契約が成立した。

念願のレコード・デビューをはたした彼女だったが、

その前途は決して明るいものではなかった。

以後発表された曲がことごとくヒットせず、

およそ2年間にわたってコニーは低迷を余儀なくされる。

そんな矢先 「フーズ・ソリー・ナウ」が4位まであがる大ヒットとなり、

コニー・フランシスの名は一躍アメリカ中に広まった。

待望久しかったスター・シンガーの仲間入りをはたすと同時に、次々と大ヒットを連発。

その勢いはとどまることを知らず、またたく間に全米ポップ・シーンの女王にのしあがる。

女性シンガーではプレンダ・リーをしのいでトップに位置している。

ポール・アンカやニール・セダカもかなわない、

名実ともに ”ポップス・クィーン”にふさわしい。 


1960年代、日本で最もポピュラーな外国人女性ポップ歌手といえばコニー・フランシスだろう。

日本に於けるコニー・フランシスは、SP盤の時代からすでにレコードは出ており、

日本のドーナツ盤時代に入ってからは1958年の「フーズ・ソリー・ナウ」以降、

人気のピークを少し過ぎた1964年までの6年間に50枚以上のシングル盤が発売された。

日本でコニー・フランシスの大ヒットが生まれたのは1959年末の「カラーに口紅」。

続くヒットは日本語で歌った「ボーイ・ハント」。

この日本語盤の大ヒットがコニー・フランシスの人気を決定的なものにした。

本国では全くヒットしなかった「Someone Else's Boy」を日本語で歌った「夢のデイト」、

全米72位の「Too Many Rules」 の日本語盤「大人になりたい」、

そしてアメリカではヒットしなかった「かわいいベイビー」は空前の大ヒットを記録している。

日本、アメリカ共に大ヒットしたというのは「カラーに口紅」、「ボーイ・ハント」

「ヴァケイション」、「想い出の冬休み」、「渚のデイト」くらいだ。

コニー・フランシスの日本での人気は、「カラーに口紅」の大ヒットによるところも大きいが、

それ以上に彼女が日本語でレコーディングし、大ヒットした曲の数々が人気を決定的なものにした。

1961年、ドロレス・ハート、イヴェット・ミミューらと共演した映画「ボーイ・ハント」の公開にあたって、

人気歌手だったにもかかわらず、さらにその人気に拍車をかけ新しいファンを獲得する為に、

映画が公開される国の言葉で、テーマ曲をレコーディングするというアイディアをとった。

コニーフランシス
http://www.batnet.com/~mfwright/connie_francis.html

編集 チェリー♪ : たしか「雪村いずみ」のカラーに口紅を聴いたようなきがします。レコード(ムフッ古い)とかでなくテレビで見ていたので、日本人の歌手の歌うのを聴いていたようです。「L盤アワー」とかあって、友達の家で、自慢の電蓄で「スローボートチャイナ」をさんざん聞かされました。関係ないこと書いて失礼しました。