「ポール・アンカ ]Paul Anka
ポール・アンカ ]     Paul Anka






♪  君こそ我が運命  ( You Are My Destiny )  ♪

♪  クレイジー・ラヴ  ( Crazy Love )  ♪

♪ ダイアナ ( Diana )  ♪

♪  電話でキッス  ( Kissin' On The Phone )  ♪

♪  マイホームタウン  ( My Home Town )  ♪



・・・・・

1941年7月30日、カナダの首都オタワ生まれ。

オールディーズと言えば、この人をおいて他にいないだろう。

「アイドル的な人気を誇った」とは言ってもただのタイニー・ボッパーではない。

シンガーとしてはもちろん、ソングライター、プロデューサーとして今も活躍中のマルチ・タレントだ。

現在でもポール・アンカ=60'sアイドルという見方が一般的だが、

フィル・スペクターと並ぶ、米国ポップの巨人であることに変わりはない。

又ニール・セダカと共に、ポップスの草創期を代表するシンガーソングライターである。


レコード・デビューは1956年「アイ・コンフェス」。

1957年にABCパラマウント・レコード認められて契約、同年7月に自作自演の「ダイアナ」を発売。

これが全米1位に輝くミリオン・セラーを記録し、弱冠16歳で世界的なスターとなった。

その後も 「君はわが運命」 「クレイジー・ラヴ」 「ロンリー・ボーイ」

「あなたの肩にほほうめて」 等々8曲のトップ10ヒットを放ってスター街道を歩んできた。

1961年9月RCAレコードへ移籍、

「愛してほしいの」 「ギターとワインで忘れたい」 「ボサ・ノヴァでキッス」

「思い出のダイアナ」 などのヒットを連発する。


60年代後半からはソングライターとして作曲活動も始める。

バディー・ホリーの「恋のつよがり」、アネットの「恋の汽車ポッポ」、

自らが映画出演した「史上最大の作戦」の主題歌、

さらにTV番組のテーマ曲も手がけて幅広い活動を続けていた。

1968年にはフランク・シナトラの「マイ・ウェイ」、

1971年にトム・ジョーンズの「シーズ・ア・レディ」が世界的に注目を浴びた。

シンガーとしても1971年に「愛のバラード」、

1974年にはオディア・コーツとデュエット「2人の絆」が全米1位のヒットとなった。

そのころ日本でもCMに使用された「スーパー・ナウ」が大ヒットしている。


世界的な大ヒット曲となった「ダイアナ」を書いたのは、彼が15歳の時。

あの「ダイアナ」が生まれてから、50周年ということになる。


[ 参考 ]
・ポール・アンカ公式ホームページ・
http://www.paulanka.com/

編集 チェリー♪ : 「ダイアナ」~~これはやりました。ウクレレ伴奏で歌ったりして・・・というか歌わせたのかな?
編集 どりちゃん : 懐かしいですね!ニール・セダカ コニーフランシス ポールアンカ 私の青春時代!!胸がキュンとします。