2004年11月の記事


時代が変わると、マナーも変わる
 わが家ではここ最近、夕方になると必ず電話がかかってくる。電話の主は、大学生
と名乗る若者達だ。私が電話に出るとその若者達は「私、○○大学の××と申しま
す。今大学の仲間と子ども達に勉強を教えるためのサークルを作って活動しているん
です。別に家庭教師の勧誘をしているわけではないんです。ただ、今のお子さん達に
勉強の仕方とかポイントとかを教えてあげたいとので。」と殆ど同じ内容の事を言
う。

 しかし、そう語る若者の背後からは、どこかのコールセンターから電話をしている
らしい、大勢の人が同じマニュアルに従って電話をかけているらしい雑音が聞こえい
る。この状態のどこが大学のサークル活動なんだといいたくなる。私の学生時代に
は、家庭教師の生徒は、大概は知り合いからの口コミや、郵便局などに無料でチラシ
を貼らせてもらって募集をしたものだ。この電話が、どこかの家庭教師紹介所がやっ
ていることなのだとしたら、なんと効率の悪い宣伝方法だと私は思う。母親という立
場から言わせてもらえば、家庭教師として子どもの勉強をみてもらうということは、
子どもを任せるということになる。しかも、家庭教師なら自宅に招きいれることにな
る。すぐにうそだとわかるような言葉で勧誘をしてくるような不審人物に、家庭教師
の依頼をすることはありえない。それどころか、主婦の一番忙しい夕飯時に時間を割
かれるという迷惑行為として、文句を言いたいと思うほどだ。

 しかし、これも事が緊急を要しているわけではなく、何度となく同じような電話が
来ているので、「あ、またか」と思って冷静に対処が出来るのかもしれない。数日前
には、中学3年生を含む数名の若者が、「オレオレ詐欺」の容疑で逮捕された。ま
た、先月震災にあった新潟の被災者関係の方々にも、同じような手口で被害あわれて
いる方がいるという。これらはみな、家族だからとか関係者に関することだからとい
うことで、電話をかけ来た人物の身元を良く確認することなく、慌てて対処をしてし
まった結果、事件が起こっている。

 これらの状況を受けて、最近では電話の受け答えに関してのマナーが変わってきて
いるのだという。少し前までは、まず電話を受けたら、「はい、○○です」と自分の
姓を名乗るものだったが、最近は「ハイ」とだけ言って、名前を名乗ってはいけない
ということになったらしい。そのために、電話をかける側も変わってきた。相手が
「ハイ」と電話に出たら、まず「○○さんのお宅ですか?」と確認をしてから、自分
の名前を名乗るようにするのが正しいマナーだという。実は私は、この電話に出た
ら、「最初に『ハイ』とだけ言う」ということに馴染めず、無意識のうちに名乗って
しまうことが多かった。しかし勧誘の電話が急増してから、横で電話の応対を聞いて
いた夫に、「電話に出たら、絶対にこっちの名前を名乗っちゃだめだ。余計な情報を
相手に与えることになるだけだぞ」と念を押され、意識をして名乗らないようして、
例え明らかに子どもからの電話だとわかっていても、必ず相手に名乗らせるというこ
とを徹底している。

 まあ、オレオレ詐欺の犯人達が、マナーに乗っ取った電話のかけ方をしてくるとは
思わないが、家族同士でもきちんと相手の名前を確認しあうことで、詐欺に合わずに
済んだという人の話も聞いている。最近は、犯罪もだんだんと手口も巧妙になってい
るので、そんな簡単な方法で、防ぎきれるわけではないと思う。しかし、顔の見えな
い相手からの情報は、相手の素性も情報の内容もきちんと確認をする癖をつける。こ
れは身を護る一つの方法として有効なことだと思う。
- 2004.11.17 オリーブニュ-ス掲載原稿 -
コメント (0)

貴重な経験を生かしたシステム作りを
 新潟中越地震の発生から1週間以上が経った。依然として余震が続く現地では、避
難生活をしている方も多く、車の中での寝泊りを強いられている方も多いという。そ
んな現地の方々のために少しでも役に立ちたいと、全国から救援物資が続々と届いて
いるという。しかし、被災された方々の生活環境が日に日に変化をしている現地と、
交通事情などから通常よりも到着に時間がかかる救援物資との間に、差異が生じてい
るらしい。
 
 ニュースでは、余ってしまった救援物資を保存するために、急遽空いている倉庫を
いくつも借りているらしく、倉庫に山積みされた毛布やカップラーメンの整理のため
に多くのボランティアの方々が汗を流している映像が流れていた。しかしこれは、比
較的大きな都市や避難所でのことで、個人的に近所の数件の方が協力して生活をして
いるような小さな避難所では、水も食料も充分には足りていないところも多いとい
う。

 多発する余震やライフラインの寸断などで混乱し情報が錯綜している現地と、寸断
された交通網などの輸送状況を考えると、仕方がないことなのかもしれない。しか
し、救援物資の整理などで、現地の貴重なボランティアの労力を割いてしまうことに
は疑問を感じる。しかしこれは、約10年前に起きた阪神大震災の時にも、同じような
ことがあったと記憶している。だとしたら、その時の経験を生かしたマニュアルのよ
うなものは、行政に配布されなかったのだろうか?救援物資を、直接現地に運び込む
のではなく、近隣のもう少し余裕のある場所に運び、整理をしてから必要に応じて現
地に運び込むなどの対策はとれないものなのだろうか?
 
 また、報道のあり方などにおいても、阪神大震災での経験が生かされているとは言
いがたい気がする。地震発生直後、各テレビ局では途中まで放送しかけた通常の番組
を中断し、特別番組に切り替えた。しかし、日暮れ直後ということもあり、現地から
入ってくる情報は少なかった。そのために、どこの局を回しても同じ情報が繰り返し
流されるだけ。唯一NHKの教育テレビだけが、安否確認のための情報を専門に流して
いた。しかし、テレビを視ている人達全員が、地震のニュースに関心を持っている人
ばかりとは限らない。現に私の知り合いのお宅では、小さなお子さん達が楽しみにし
ていた番組が中断されてしまったために、そのことを子ども達に説明するのが大変
だったという話を聞いた。大きな災害が起きたのだから仕方が無いと言えばそうなの
かも知れない、しかし、全局で一斉に同じ情報を流す必要はないと思う。
 
 その後、どの局も同じようにヘリコプターを飛ばして空からの取材を行っていた。
孤立してしまった村ではそのヘリコプターに向けて地面にメッセージを書いてSOSを
出した場所もあったが、阪神大震災の時には、報道のヘリコプターの騒音で瓦礫の下
で救助を求める人の声がかき消されてしまい救助が遅れてしまったというニュースが
流れたこともあった。単に視聴率を取るためのスクープ映像の獲得という部分に焦点
が行っているために、必要以上にヘリコプターを飛ばしてしまうような現象を生んで
しまうのではないだろうか?

 現地から絶え間なく送られてくる情報によって、離れた場所にいる私たちにも、現
地の情報が届けられるのだが、情報の量が一箇所に集中すれば、受け取る側はその場
所にばかり目が向いてしまう。そのため、情報が強調されたように思われ、救援物資
なども過剰に反応が出てしまう結果にも繋がるのではないかと思う。今後は、ひとま
ず視聴率などの高い番組を作成するためではなく、各テレビ局で協力をし、被災した
地域を各局で分担して責任を持って報道するなどのシステムは作れないだろうか?
そうすることによって、情報の錯綜ももう少し抑えられ、地域別に細かいフォローも
出来るのではないだろうか?

 今ネット上で盛況なブログ(日記)でも、新潟中越地震関係のものが多く、実際に
非難生活をしている人たちの日記も多い。その中でも、自分達のこの経験を次に生か
してほしいという声をよく見かける。日本という国に住んでいる以上、地震や台風な
どで被災してしまう可能性は誰にもあると思う。だからこそ、多くの犠牲者や経験者
の声を充分に生かしたシステム作りが、もっときちんとなされるべきなのだと思う。
コメント (0)