視界がすうっと広がるような句である。〈すたつむり甲斐も信濃も雨の中〉飯田龍太。
俳人の目は自分のすむ甲斐から飛躍し、離れた場所の降雨にも向けられる。あちらでもこちら歌はでもやまない雨に対する諦観すら伝わってくる。
何日も何日も続く雨空の下で、気がつくと口ずさんでいる歌がある。〈雨が空から降れば/オモイデは地面にしみこむ〉〈しょうがない/雨の日はしょうがない〉。別役実作詞で、小室等作曲の「雨が空から降れば」。
あの街もこの街も雨の中。そして〈フルサトも雨の中〉と歌は続く。日本のあちこちで野菜をつくる人たちも、ずっと空を見上げているのではないか。この長雨と日照不足が、作物を翻弄している。
スーパーではネギやキュウリなどの値段も上がり気味だ。気象庁によると各地の日照時間はいつもよりずっと短く、ここ3週間は船体で平年の4割以下、東京も5割程度だったという。我が家で育てているトマトも、このところ赤くなるのをやめたような。
梅雨前線はいましばらく日本列島に居座るという。豪雨災害に見舞われた地域では復旧への営みが続いている。トゲのある蔓のような梅雨前線ともう少し付き合うのはしょうがないにしても、線状降水帯なることばはできればもう耳にしたくない。
きのうは久しぶりに、木洩れ日を目にした。同じ深緑の葉でも、雨にぬれる姿はどこまでも静かで、日に照らされれば踊り出しそうだ。つゆあけまでもう一息、いや、ふた息くらいだろうか。

 天声人語より