東京・池袋にある立教大学に一通の手紙のコピーが飾られている。
「窓の外で夜の雨がささやき/六畳の部屋は よその国、」書き出しのハングルの詩。戦中の1942年、同大に留学した詩人、尹東柱が友人に送った自作だ。
詩人は次いで書く。「人生は生きがたいものだというのに/詩はこれほともたやすく書けるのは/恥ずかしいことだ。」。『たやすく書かれた詩』から伝わってくるのは清冽で研ぎ澄まされた感性。
翌43年、尹は朝鮮独立運動にかかわったとして治安維持法違反で京都で捕まり、終戦の半年前の45年2月16日、27歳の若さで獄死した。日本で書かれた詩は押収され、この手紙に記された5編だけしか見つかっていない。
「詩人尹東柱を記念する立教の会」の楊原泰子さんたちは毎年、尹の命日のころ大学で朗読会を開いてきた。両国関係がいかに悪化しようと、ことしもまた尹の詩をあいする日韓の人々が集う。「尹東柱は私たちを温かくつないでくれています」と楊原さん。
翻ってみて昨今のささくれだった日韓関係は何なのか。巷にあふれる韓国の人々への侮蔑にみちた表現。すさんだひなんの応酬。日本を訪れた韓国人は昨年、前年の4分の3に減ったという。
「行く言葉が美しくてこそ返る言葉も美しい」。詩人の茨木のり子さんが『ハングルへの旅』で伝えた韓国のことわざを思い出す。尹の詩をよみ、こうつぶやいてみる。私たちの言葉よ、かの国にとどけ、美しく。

 天声人語より