信州特産のリンゴがあちこちの畑に散り、壁やドア、畳まで失った家々を冷たい風が吹き抜ける。
台風19号の直撃から今日で3カ月。千曲川の堤防決壊地点に近い長野市の長沼地区を歩いた。
豪雨に耐え切れなかったのは、4年前に完成した堤防「桜づつみ」だ。いまは応急の鋼板が打ち込まれている。「あの決壊ぶりを思えば、住民たちが被害を最小限に抑えたと胸をはりたい気持ちです」と長沼交流センターの前所長、宮澤秀幸さんは話す。
一帯は1983年秋の大雨で深刻な被害を経験。それ以来、住民主導で水防訓練を毎年続けてきた。「みずから守る底力」を標語に掲げ、「自ら」「水から」両方の字を当てる。土嚢を並べ、炊き出しをし、老若男女が汗を流す。
地元の小学生は5年前、「桜づつみ」という創作劇を披露した。描いたのは、たび重なる地域の水害史である。「おじいさんに聞いたんだ 遠い日の話 何もかもが流された 悲しい時代のことを」と歌う。
桜づつみを歩いた後、近くの寺院の境内で「千曲川大洪水水位標」を見た。過去6度の水位が刻まれている。劇でも取り上げられた1742年の災害は水位3.5㍍。手を伸ばしても届かない高さに慄然とする。全村が水没し、168人が命を落としたと語り継がれる。
「水に流すな水害史」-----。この言葉で劇は幕を下ろす。自然の脅威を前に、人のできることは限られる。それでも過去の教訓から学び、立ち向かうことに終わりはない。

 天声人語より