「大好きだった娘に会えなくなって3年が経ちました」。母親の手記は、そんな言葉から始まっている。
自閉症の娘は、障害者施設「津久井やまゆり園」の事件で命を奪われた。当時19歳だった娘の名前は「美帆」さんという。
ジブリやアニメや、いきものがかりの音楽が好きだった。「言葉はありませんでしたが、人の心をつかむのが上手」だった。すーっと人の横に近づき、以前からの知り合いのように接していたという。
母親が娘の名と写真、そして手記を公表したのは、裁判で被害者が匿名のまま「甲さん」「乙さん」と呼ばれるのが嫌だったからだ。甲でも乙でもなく美帆。「美帆は一生懸命生きていました。その証しを残したいと思います」。
それでも姓や住所は明らかにできない。誰かに危害を加えられる恐れが拭いきれないからだ。今後の公判で多くの被害者が匿名とされるのも、さらに差別を加えられるのを遺族らが恐れたため。そんなふうに思わせてしまう社会がある。
谷川俊太郎さんに命の喜びがあふれる詩がある。<私が生まれた時/世界は忙しい中を微笑んだ/私は直ちに幸せを知った/別に人に愛されたからでもない/私は只世界の中に生きるすばらしさに気づいたのだ>。この世界から消すべき人の命など、あるわけがない。
悲しい事件が二度と起こらない世の中にするには、どうしたらいいか。社会全体で考えてほしいと、母親の手記にある。わたしたちがまだ答えを出せていない課題である。

 天声人語より