西に六本木ヒルズ、東には東京タワーを望む小高い丘。
カルロス・ゴーン被告が昨年末まで暮らした家は、東京屈指の邸宅街でもきわだって豪壮である。三が日ながら、周囲の家々と違って玄関に門松やしめ飾りはない。
中東で取材中の同僚によると、レバノンの首都ベイルートにある被告の家も目立つ大邸宅だ。外壁はピンクで、窓が青で統一されているそうだ。日本からざっと9千㌔、どんな手段で移動したのか。
地元レバノンのテレビは「楽器の箱に身を潜めて日本を出た」と報じている。いわく、東京の家にクリスマスの音楽隊を装った一行を招き入れ、楽器を運ぶかに見せかけて、日本の地方空港からまずトルコへ発ったという。
この報道を見た瞬間、いくつもの映画が頭に浮かんだ。巨匠ヒチコックの映画「引き裂かれたカーテン」の主役は、バレエ団の衣装箱に身を潜めて脱出。スパイ映画007では、主人公がチェロのケースをソリ代わりにして雪原の国境を突破する。
策を練ったとされる妻キャロルさんだが、楽器説を「作り話」と一蹴。ひょっとして被告は、保釈の際もののみごとに失敗した変装の術を高めていたか。決行の1週間前ほど前、東京の家を訪れた友人に「驚きの結末を迎える」と笑顔で語ったと米国で報じられた。謎は深まる一方だ。
あくまで潔白を言うなら、日本の法廷で堂々と主張すべきだろう。多くの人を欺き、姿をくらますとは嘆かわしい。それにしても映画さながらの脱出劇、奇っ怪なり。

 天声人語より