歌人の故・河野裕子さんの晩年は、乳がんとの闘いだった。
64歳で亡くなる直前まで家族の歌を詠み続けた。<お母さんと言はなくなりし息子にお母さんはねえとこの頃く言ふ>。病床での会話だろうか。書く力すらなくなると、夫や子供たちが口述筆記をした。
体を病んでいても健やかな歌を作りたいと、最晩年のエッセーに書いている。「病気をしていても健やかであり続けることは、大きな広い場につづく道があることを約束している」。そんな予感がしきりにするのだと。
小林麻央さんのブログも、闘病のつらさをつづりながら明るさを失わなかった。20日には搾ったオレンジジュースを毎日飲んでいると書き、こう加えた。「皆様にも、今日笑顔になれることがありますように」。それが最後の記述になり、34歳で旅立った。
「与えられた時間を、病気の色だけに支配されることは、やめました」。昨年、英BBC放送にそう寄稿しました。家族を愛し、家族から愛される日々を大切にする。ブログでは200万を超える読者とつながった。
日本の女性の11人に1人がかかると言われる乳がんは、だれにとっても遠い存在ではない。そして、がんに限らず「病と生きる人生」はいつでも訪れる。そのときも自分を失わず、強くやわらかくり続ける。心の構え方を小林さんから教えられた気がする。
訃報の後、ブログによせられた数多くのコメントのなかに「ゆっくりやすんでください」の言葉があった。それを静かに、口にする。

 天声人語より