原爆投下と慰安婦像 見たくない過去を語ろう
今年もまた、被爆した日と終戦記念日と、戦争で亡くなった方々を追悼する式典が催された。新聞とテレビは74年前の戦争を振り返る生地や番組でいっぱいだった。
それを読み、観ながら、心に引っかかることがあった。第2次世界大戦において展開された暴力のなかに、広く語られる暴力と、語ることが許されない暴力の二つがあることだ。
あいちトリエンナーレの企画「表現の不自由展・その後」が抗議ばかりでなく暴力行為の予告などを受けて中止となった。抗議や脅迫の元となった展示のなかには、昭和天皇の肖像群が燃える作品に加え、慰安婦の少女を表現した作品が、あったと報道されている。企画展の中止に関する論評の多くは憲法によって保障された表現の自由との関係から議論するものであった。もちろん展示会を暴力によって威迫することがあってはならない。だが、表現の自由とは別に、気になった問題がある。慰安婦の姿を表現することは受け入れることができない。そのような展示は認められないと考える人々が日本国内には少なからず存在するというこだ。
初めてのことではない。慰安婦の姿を表現した少女像は、設置を求める運動が韓国系団体を中心として展開され、ソウルの日本大使館前ばかりでなく世界各地に設置される一方、撤去を求める運動も行われてきた。
ここでは慰安婦の表象が戦時性暴力ではなく反日的な行為として捉えられている。語られない、語ることが許されない戦争の暴力である。「見たくない過去」といってもいいだろう。
戦争の記憶が政治的な争点となることは日本に限った現象ではない。1995年、スミソニアン航空宇宙博物館の企画した原爆投下の展覧会がアメリカ国内の反発を受けて中止に追い込まれ、原爆を投下したエノラ・ゲイが展示されるにとどまった。ここには「見たくない過去」としての原爆投下を排除する態度がある。
原爆投下を「見たくない過去」とするアメリカ人がいるように、慰安婦を「見たくない過去」とする日本国民がいるのだろう。だが、原爆投下への批判がアメリカ国民への侮辱だと考えるひつようもない。

 時事小言より-----藤原帰一