新酒の仕込みの季節になると酒蔵の軒先につるされる青々とした球がある。「杉玉」あるいは「酒林」と呼ばれる。
最近は居酒屋でも見かける。どうやって作るのだろう。
岐阜県下呂市で代々、林業を営む熊崎正敏さん、惣太さん父子の工房「高林」では、いままさに出荷の最盛期。「もとは酒蔵ごとに蔵人たちが手作りしてきた。うちは30年ほど前、地元の酒蔵に頼まれたのが始まり」。最近ではインテリアとしての注文も増えた。
まずは、針金で地球儀のような骨組みを作る。次に、固く束ねた杉の葉を200本ほど隙間なく差し込む。最後は剪定ばさみで球形に。「樹齢80年以上で、よく日を浴びた葉しか使いません」。植林から出荷までの歳月の長さに感じ入る。
剪定の作業に移ると、葉という葉から一斉に清清しい香りが立ち上がる。花粉症とのつきあいの長い私は思わず息を止めてしまうが、正敏さんは「私はどれだけ吸っても平気です」と笑う。完成品から花粉が飛ぶことはないそうだ。
杉といえば、当節はもっぱら花粉症の元凶として悪役の扱いに甘んじている。だがそれ以前は違った。万葉集にもその使い道が歌われ、箸から下駄、家から船まで、衣食住に欠くことのできない有用材だった。
〈山里や杉の葉釣りてにごり酒〉一茶。その年に収穫されたお米で醸造した酒のできあがりを告げる印として各地で掲げられてきた。江戸時代から変わらぬ役割を杉は今年も黙々と果たす。不平ひとつももらさず。

 天声人語より