土砂降りのある朝、東京府中工場のボーナス3億円が、白バイ警官に扮した何者かに輸送車ごと奪い取られた。
「3億円事件」である。10日で発生から50年となる。
現場は東京の多摩地方。犯人が抜け道を熟知していたことから、土地勘のある者が疑われた。聞き込みを受けたのは地元述べ100万世帯。バイク免許を持つ若い男性はうんざりするほど何度も調べられたという。
だれもが知る未解決事件ゆえか、今日なお関心は高い。タクシー会社「三和交通多摩」が先月から5回開催している現場探訪ツアーには、定員の8倍の応募があった。3億円が奪取された路上、車が乗り捨てられた公園などをめぐる。
北海道や静岡など遠方からの参加者もおおい。「米軍にパイプをもつ日本人が海外へ運び出した」「警官かその身内のしわざでは」と推理に花が咲く。「大胆で鮮やかな手口に感嘆するのが共通点。どなたも、ねずみ小僧か怪盗ルパンを語るような口調です」と案内役の須藤将矢運転手は話す。
時効成立は1975年。小説や脚本では、驚くほど多彩な犯人像が提示されてきた。ドラマでは、沢田研二さんやビートたけしさんが犯人を演じた。宮崎あおいさん主演の映画「初恋」は、女子高校生が実行役という大胆な仮説で描かれている。
この半世紀、真犯人はどこに身を潜めていたのか。それらの推理を見てせせら笑っているのではないか。よく知られたあのモンタージュ写真とは似ても似つかない冷酷なまなざしで。

 天声人語より