「悪」が東京のあちこちに出没している。
渋谷や原宿、銀座の博物館や画廊など6館で、悪をテーマにした展示会が一斉に開かれているのだ。血塗られた刀が描かれた浮世絵や、米国の殺人犯が絵筆をとったまがまがしい自画像にゾクリとする。
企画したのは浮世絵が専門の渡辺晃・太田記念美術館主幹学芸員。「3年前、『悪』をテーマに陳列したところ、一気に客層が広がりました」。今回は他5館から賛同を得て、企画に迫力が増したと喜ぶ。たしかにどこも盛況で、「悪」を見つつデートを楽しむ若者の姿もあった。
渡辺さんによると、歌舞伎や人形浄瑠璃に登場する悪人の役柄がふくらんだのは18世紀から人殺しや盗賊などを指す「実悪」。皇位簒奪を企て、政敵を追い落とす「公家悪」。眉目秀麗な容姿でまどわす「色悪」が人気を集めた。
庶民はまた実在の「義賊」たちにも喝采を送ってきた。大盗賊の市中引き回しとなれば、姿を一目見ようと街道は群衆で埋めつくされた。「治世に庶民の不満が高まると、権力者をきりきり舞いさせる無法者がもてはやされる。鼻を明かしてくれるからです」。
会場をめぐれば、多彩な悪と対面する。佞臣、逆賊、悪僧、盗人、強盗、毒婦、侠客、妖術使い---。なるほど浜の真砂は尽きるとも、世に悪党の種は尽きないようである。
悪の増殖は、むろん源田でもやまない。時の権力にこびる者が善とされ、権力にまつろわぬものは悪とされる。そんな例は古今、枚挙にいとがまない。

 天声人語より