ホンダ創業者の本田宗一郎に逸話がある。村に正午を告げる寺の鐘を30分も早くついてしまった。
お昼を早く食べたいがための作戦だ。時計やラジオが家々になく、鐘の音が時報だった大正時代。自分の腹時計をまんまと標準時にする知恵には舌を巻く。
6月10日の「時の記念日」が近づくと、舞台となつた浜松市天竜区の清瀧寺では、地元の小学1年生11時半ごろに昼の鐘をつく行事がある。今年はきょう8日に催される。
時間の大切さを覚え、郷土から巣立った偉人の歩みを学ぶ目的で毎年開かれてきた。主催する街おこし団体「ポンポンCLUB浜松」代表の宮地武夫さんは「いたずらを奨励するつもりは少しもありません」と念を押す。
時の記念日が定められたのは1920年。この日は、飛鳥時代に天智天皇が水時計を使って時を知らせた日とされる。天智天皇のおかげかどうかは知らないが、いまの日本社会が時間に正確であることはまたがいない。
昨年、東京と茨城を結ぶ電車が20秒早く出発し、鉄道会社が「おわび」した。そのニュースは海外を駆けめぐった。たしかに旅行や出張で海外へ行くたび、交通でも会合でも時間が正確に進む日本を誇らしく思う。
それでも、寸秒の遅れで公式謝罪までしなくてはいけない社会には、時に息苦しさを覚える。時間に追い立てられて疲れる日には、かの本田少年の創意にならって心の鐘をゴーンとついてみようか。自分を見失わないための警鐘として。

 天声人語より