担当の患者にもし何かあったら。心が休まることのない勤務医の日常を、医師の野田一成さんが書いている。
同僚に仕事をお願いして実現した一泊旅行でも、携帯電話がいつ鳴るか気が気でない。電話をビニールで包んで温泉に持ち込んだ。
映画館ではすぐに外に出られるよう、一番端の席を予約する。夜間や早朝の電話でも、ワンコールで反射的に目が覚める。「つねに緊張している状態は自分の健康に良いとはいえません」と『患者はしらない医者の真実』で述べている。
医師の長時間労働の実態が相次いで判明している。著名な大学病院が違法な残業をさせていたとして労働基準監督署の指摘を受けた。休日のルールもない病院があり、「過労死ライン」を超えた残業が野放しだった病院がある。医療の現場が疲弊しているのかと思うと不安になる。
働き方改革をめぐる厚生労働省の検討会では「医師が健康であることが重要」との声が出た。当然のことから確認しなければならない状態か。主治医を複数にする。医師でなければできない仕事を絞り込む。できる所から手をつける以外にない。
「先生」と呼ばれ、ときには「仁術」とまで持ち上げられる。忙しくて当然だと、社会の側が甘えてこなかったか。人々の健康を担うのは、疲れもするし弱音も吐きたい生身の人間である。
そういえばもう一つの「先生」、学校の教員も長時間労働が問題になっている。宣誓の敬称は、誰かに無理を押し付けるためにあるわけではない。

 天声人語より